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有友可奈子 中国短期語学研修2011(韓山師範学院) (2012年05月30日)

今回中国に行ってみて分かったことは、中国は日本とかなり近い位置にある国だが日本とは全く違う国だということだ。
当り前のことのようだが、私は実際に行ってみるまでそうは思っていなかった。それは日本で見たり話したりする中国人は、見た目は少し違ってもしていることは日本人と一緒だったからだと今は思う。初めて自分の国でリアルに生きる中国人とその文化に私は大変驚いた。

中国の店員さんはほとんどの人が笑ってくれない。最後には慣れたが、それが最初は怖かった。怖かった理由には、笑っていないのにつけて何をしゃべっているか分からないからというのもあった。
中国人同士は早口の大きな声でその上眉間にしわを寄せてしゃべるものだから、こっちは大変不安に思いながらそれを見ていた。が、師範大学の学生にそれを話すと逆に驚かれた。そして別に怒りながら話しているわけではないと言ってくれた。

 

その時私は、外国で言葉が伝わり理解できる事とできないことでは安心できる具合が全く違うということを知った。また伝えることはできたとしても、相手の言っていることが分からなければ会話は成立しない。そして相手の言葉を理解するのは伝えることよりも大変だった。其れを感じたのは買い物をした時だ。私は今回中国の店で買い物をすることはできた。しかし、店員さんがしてくれたであろう商品の紹介は全くと言って分からなかった。綺麗だとか、良いものだとかという簡単な事は分かるのだが、産地や年代といったセールスポイントを説明されても今の私のレベルでは理解できなかった。説明してくれた店員さんには大変すまないと思いながら買い物をした。

 

言葉は大事だった。私は初めて外国人になってみて、言葉が伝わるありがたさを感じた。そして世界共通語に大変助けられた。日本人なのだから英語はいらんと言う人がいるが、今回初めて学びが役に立った気がした。

 

中国では今まで思ってもみなかったことが多くあった。まずは食事である。
食事は毎回食べきれないだけ出てきた。聞いてはいたが、矢張り実際に見るのと想像とではだいぶ違った。学生に、残すのは中国のマナーだから無理に食べることはないと言われたが、なぜか食べないといけない気になり少し無理して食べた。一緒に留学に参加した皆にも聞いたが、やはりそういう気分になったらしい。日本では残すことはあまり良いことではなく、米粒一つでも残すのは憚られたりする。そういった意味で、私は中国の文化を感じるとともに日本の文化も再確認することができた。中国のマナーには、客にお腹いっぱい食べてもらい満足してもらいたいというもてなしに対し、満足したという感謝がこめられている。日本のマナーは、食べ物を粗末にせず、作ってくれた人、また調理された命に対しての感謝である。どちらが悪い、良いという訳ではない。ただ、残したときに思ったもったいないという気持ちは、私が日本人だからだと実感した。

 

中国に行って気づいたことはほかにもある。街中の公園では多くの老人が太極拳をしたり、踊ったり、カードで遊んだりしていた。道でマージャンをしたり、楽器を弾いたりしている人もいた。私はこんなににぎわった公園を見たことがない。中国の公園は、老人たちの社交場であり、中国の文化を感じられる場所だった。日本の老人ももっと公園にでも行って遊べばいいと思う。そうすれば、会費もはらわなくても良いし、友達もできる。日本の老人の交流の場所と言えば病院の待合室だが、公園の方がよっぽど健康的である。

 

しかし同時に、物乞いの老人も多く見かけた。日本では物乞いをしている人などなかなか見ることはない。日本にもホームレスはいるが、その人たちも物乞いで生きている人は少ない。また日本であれば生活保護を受けることもできるし、年金もある。しかし学生によると、そういった制度は中国にもあるがまだしっかり普及していないとのことだ。そして日本で貧しいと言われている生活水準も、中国からみればいい方である場合があるとも言っていた。北京に行った時、ビルが立ち並ぶ中でかなり貧しそうな家の地区を見た。確かに私は日本でそういった家に住んでいる人を余り見たことがない。中国は広い国であるから様々な生活様式があり、それが現代社会の基準からみれば低いこともあるだろう。しかし、そこに住む人たちが昔からの伝統を守りながら好きでその生活をしているのであれば何も問題はない。が、生活の質の向上を望みながらもかなわないという場合、手を貸してくれる社会であってほしいと思った。

 

私は実際に行ってみなければ、今回見たことを聞いても実感が湧かなかっただろう。本場の中国人に会って、周りが言うほど中国人は怖い人ではないと改めて思った。飛行場で筆談した叔父さんも、大学の学生も、朝ごはんを毎日運んでくれたおじさんも、みんな私に笑いかけてくれた。

 

この短期留学は、私の常識を様々な形で打ち破り、またアジアにある日本という国も再確認させてくれた。これはアメリカやヨーロッパでは味わえないことだ。語学の面ではまだまだ未熟すぎるが、中国という国へ行き現実に異文化と交流することができたのは私にとってたいへん大きなことであり、一番の収穫だった。

野本 友紀 中国短期語学研修2011(韓山師範学院) (2012年05月30日)

私がこの短期語学研修で感じ、触れたものは、世界の広さと人の温かさでした。2週間という短い期間でしたが、それらを実感するには十分こと足り、とても尊ぶべき期間でした。

2週間のうち、さまざまな場面で文化の違いに気付かされ、とても新鮮であったと同時に戸惑いも感じました。施設のトイレにトイレットペーパーがあること、そのトイレットペーパーを水に流すこと、あんかけの餡は甘辛いこと、食器は食事前に洗わないこと─。
それらは私たち日本人の感覚でいうと当然のことであり、意識的に人々に根付いているものでありますが、中国人からするとそれらは奇妙なことと思われることであるかもしれないということ。

異文化を理解し、受け入れることは言葉にするのは容易ですが、実際それを行動に移すとなると言葉以上に骨の折れることであると感じました。

 

そして、研修期間の半分の1週間の間お世話になった韓山師範大学で、私は人の温かさに触れました。
中国に降り立ち、大学に着いたその日から、韓山師範大学の学生さんが笑顔で出迎えてくれ、宿に案内してくれました。それから1週間、愛媛大学の学生と韓山師範大学の学生がパートナーとして2人1組でペアを組み、中国人の学生たちが用意してくれたいろいろなイベントを通して、パートナーからたくさんのことを教えてもらいました。

私のパートナーは周少君さんという方で、とてもきっちりしたイメージを受ける方でした。彼女は中国語科の学生ということで日本語を全く話すことが出来なくて、私自身も日常会話レベルの中国語さえままならない状態であったため、私たちの会話は全て英語で行われました。

そうは言っても、私には所詮高校生レベルの英語能力しか備わっておらず、当初は自己紹介や世間話すらまともに出来なくて、これから1週間どうなるのだろうと不安で不安で仕方ありませんでした。

しかし、同じ時を過ごしていくうちに、そんな不安はいつの間にか消え去りました。授業で習った中国語を彼女に話してみたり、逆に彼女から興味を持った日本語の意味について聞かれたり、ボディランゲージや筆談を駆使して会話を重ねていく日々が過ぎていくうちに、彼女との心の距離は目に見えて縮まっていきました。

言葉はあまり理解できなくても、彼女が見た目と反して冗談が好きだったり、笑い上戸だったり、そんな一面を理解できたのは、やはり心が通じ合うことが出来たからだと思います。

 

また、その心を通わせ合うことが出来た大きな要因は、彼女の底無しの優しさにあります。私のつたない英語を諦めないで絶対に理解してくれようとする姿勢や、1聞くと10教えてくれる親切さ、何より私が楽しんでいるかどうかをいつも第一に考えてくれる温かい思いやりに、私は言葉に出来ないほどの感動を覚えました。

彼女だけでなく、韓山師範大学で出会った学生、先生方、お世話になった全ての人から溢れるほどの優しさを受け、私は感謝の気持ちで胸が一杯になりました。彼女たちとの出会いは、これから先私の人生において確実に私を温かくしてくれる、強くしてくれる糧として心にあり続けるでしょう。

中国に行く前と後とで、こんなに自分の感覚が変わるなんて想像もしていませんでした。異文化を学ぶということはこんなに壮大で複雑で、そして素晴らしいことであると今本当に実感しています。私たち若い学生がこのような経験を通して、各々が視野を広げていけば、日中の関係に限らず世界中のさまざまな国家間の関係の未来像は、決して暗いものではないと確信しています。

堀中彩花 中国短期語学研修2011(韓山師範学院) (2012年05月30日)

1、はじめに

 今回は2週間の間中国で過ごした。3日の夜に松山を出発し、4日は大阪からの移動、夜遅くに韓山師範大学に着いた。5日から10日までが潮州市の韓山師範大学で過ごし、11日から14日が桂林観光、15日から17日が北京観光、18日に帰国をいうスケジュールだった。

潮州市の韓山師範大学で過ごした日々と桂林観光・北京観光に分けてこれから書いていく。

2、潮州市の韓山師範大学で過ごした日々

1日目(3月4日)は、大学の広さに驚く。初めて大学の学生に出会う。学生のみんなが、荷物を持ってくれ、気を使ってくれて親切でうれしかった。中国に着てから次の日からが楽しみになった。

次の日(3月5日)は、学生との交流はまだなく、潮州市の観光をした。行った場所は、韓兪の博物館、韓江、潮州市の旧市街、陶器の博物館などである。この日私が一番驚いたのは韓江の広さである。まるで日本の湖くらいの広さだなーって感じたが、これはまだ中国の中では普通の川らしく、さすが大陸は雄大だと思った。この日の昼食は、精進料理。豆腐を肉にあしらったものやビーフンなどがとってもおいしかった。
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3日目(3月6日)は、韓山師範大学にいる間のパートナーと潮州の街に行った。私のパートナーは、暁婷(xiao ting)という名前の女の子で、年は私より2つ上の23歳で背が高い子だった。一緒に行った場所は、桃の花が見ることができる公園、街をぶらぶらウインドウショッピング、ファーストフード店、デパート、人民広場である。ファーストフード店では、有朋さんと有友さんのパートナーの暁玲と八塚さんと八塚さんのパートナー(名前を聞きそびれてしまった)と6人でふつうにずっと言葉を勉強しながらおしゃべりした。日本でも中国でもやっぱ女の子はおしゃべり好きってことがわかった。この後はデパートに行って、夕飯食べて、人民広場で噴水のお祭りを見た。ライトアップがきれいで感動した。
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4日目(3月7日)は、とにかく図書館にこもって一日、韓山師範大学の学生がしてくれる授業を受けて、中国語を学習した。途中集中力が切れそうになったりしながら頑張って勉強した。この日の昼ごはんは、韓山師範大学の学食で食べた。だいたい5元ですごく安かった。夜はパートナーと同じ部屋の池田さんとパートナーの友人と大学内と大学の近くの店で買い物。私は小物入れが欲しくて、先日買えなかったために連れて行ってくれました。このときに中国のお菓子の中でおいしいものとか聞いて買ったりもしました。

5日目(3月8日)は、午前中は昨日のように中国語の勉強、午後からは学生のカンフーを見に行き、実際に自分たちでも太極拳をやってみた。太極拳は、カンフーをやっている学生はすごくスムーズに動いていて自分にもすぐできそうとか思っていたが実際にやってみると難しく、さらにすごく筋肉を使う動きでとても大変だった。このあと、カンフーをしていた学生と交流、夜ご飯はホテルの外の場所にパートナーの学生や先生方みんなで行って食べた。酢豚やチンジャオロースがあってすごくおいしかった。食後は、日本語の授業に見学に行った。一人一人たくさんの学生の前で自己紹介をしてとても緊張した。中村君の先生もなかなか良かったと思った。
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6日目(3月9日)は、午前中はいつものように中国語の勉強、午後は料理の学科の学生に餃子の作り方を教えてもらい一緒に餃子を作りました。肉の餃子と野菜の餃子の2種類を作ったのですがとてもおいしかったです。その後、フルーツの飾り切りをみせてもらったりしました。本場の餃子の味とフルーツの飾り切りに感動した。夜は、パートナーの寮の部屋に行く約束をしていたので、部屋に遊びに行きました。3人部屋で、自分の御幸寮に住んでいたときのことを思い出しました。漢方のきのこのスープをごちそうになりました。自分の部屋に戻ってからは、次の日に発表するスピーチの作成をしました。
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7日目(3月10日)は、午前中は午後に発表するスピーチをパートナーに直してもらって、暗記をしました。

昼食後に、パートナーから漢詩の書いてある扇子とメッセージ入りのノートをもらいました。いろいろお世話になっていて、助けてもらってばっかりだったのに贈り物までもらってしまって感動でした。なので、スピーチ発表までの間にパートナーに手紙を用意し、スピーチ発表の前に渡しました。そして午後からはスピーチの発表。すごく緊張して、いっぱいかんでしまいました。その後、記念写真を学生のみんなと撮って、夜は送別会でした。修了証書もらった時は、まさかもらうとは考えていなかったためにとても感動しました。その後は、宴会でした。楽しかったのですが、部屋に帰った後寂しい気持ちになりました。
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2、桂林観光・北京観光

桂林に到着して、まずご飯を食べた後、象山公園で象鼻山を見ました。遠くに見える独特な山々に感動しました。その後、明の時代の皇帝の家を見に行き、科挙の試験場を見学した。実際の試験問題が展示してあって、自分の目で展示を見たことに感動した。そしてそこにある山に登るときに日本で大地震があったことを知った。その後は夕食を食べ、ホテルへ戻った。次の日、午前は鍾乳洞、午後からは滝のきれいな山へ行った。鍾乳洞も山もきれいでいっぱい歩くことは大変だったけど美しい景色で心が洗われたような気分になりました。夜は桂林の街の夜景を見に行きました。日本の夜景よりは派手だったけれど、華やかな感じが良かったです。その次の日は、离江下り。最初は霧がかかっていて山がきれいに見えなくて残念だと思っていたら途中から霧が少しずつ晴れていつしか遠くの山々も見えるようになりに良かった。ねこみみの形の山を見つけたりした。お昼のバイキングもポテトとかもあって久々に中国のごはんみたいなものも食べた。その後、陽朔の街につき、銀子岩を見に行った。ここも鍾乳洞でとても美しかった。夜は、陽朔の街を見に行った。活気のある街でいろんな店があった。
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3、北京観光

北京観光は、北京到着の翌日から始まった。1日目は、万里の長城、十三陵、お昼ご飯で肉まんのお店に行き、頤和園に行き、愛大から北京に留学している学生とみんなで北京ダックを食べた。2日目は天安門広場、故宮、お昼ご飯でマトンのしゃぶしゃぶのお店に行き、雨乞いの公園に行った後、大きなお土産屋さんで買い物をし、餃子のお店で餃子を食べた。3日目(最終日)は、1日自由な日で、同じ部屋の池田さんたちと一緒に北京の街を探索しに行った。王府井や西単に行き、主に花茶を買ったり、本を買ったりした。この3日間で、特に心に残ったのは、万里の長城で男坂にチャレンジしたこと、行って見たかった頤和園に行くことができ、生まれてはじめての北京ダックを食べたことである。ほとんどの世界遺産や有名なところに行くことができ感動した。
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保子 茉莉花 中国短期語学研修2011(韓山師範学院) (2012年05月30日)

 今回、初めて中国に行って、とても良い経験をすることができた。
 
 まず、日本と中国との文化や習慣の違いを実感することができた。また、私が知っていた中国の文化や習慣は、実際に現地に行ってみると違っていたということが分かった。例えば、日本で馴染みの中華料理も、日本で食べられているものと本場のものとは味が全く異なっていた。

 最も楽しかったのは、潮州の韓山師範学院の学生との交流だ。私たち一人一人に学生のパートナーが付いた。そして、学生に中国語や餃子の作り方を教えてもらったり、カンフーを見せてもらったりした。最終日に中国語で短いスピーチをしたのも、あまり上手くは出来なかったが良い思い出になった。
 私は中国語をほとんど話すことができなかったため、学生との会話は英語を使うことが大半だった。将来、中国を訪れるときは、もっと中国語を話せるようになっていたい。

 

 中国の学生との交流での反省点は、私達が一方的に教えてもらうだけだったところだと思う。
 お互いに自分の国の文化を教えあえる機会があってもよかったと思った。
 また、私はパートナーの学生に中国の印章を貰った。だから、私も何かプレゼントできる日本の物を持って行っていれば良かったと思った。

 

 中国の大学を訪れてとても驚いたのは、中国の学生の真面目さだ。
 中国の大学生は、朝早くから外で本を読んでいたり、空いた時間は図書館などでずっと勉強したりしていた。この光景を見て、中国の学生はとても勉強熱心だと驚いた。私も彼らを見習って、一生懸命勉強しなければならないと思った。

 

 十五日間という短い期間だったけれど、今まで知らなかった中国の文化をたくさん知ることができて、充実していた。
 また、中国の大学生と交流ができたのは、とても貴重な体験だった。
 しかし、中国について知らないことがまだ数多くある。今回のような機会があれば、ぜひもう一度中国へ行きたい。そのために、これからも中国語の勉強に励みたいと思う。

八塚麻由 中国短期語学研修2011(韓山師範学院) (2012年05月30日)

 3月11日に東日本大震災が日本を襲った時、私たちは桂林を観光中だった。異国の地で聞かされた母国の大事件は、どこか現実味がなく、何をする訳でもなく今を楽しんだ。

 

 しかし、中国のテレビで放送される日本の映像は想像をはるかに超えていた。日本の情報を手に入れたくても、上手く入手することのできない状況に不安が募る日々を送っていた。

 不安を抱えながらも旅を続け、明日は日本に帰国する日となった時に、北京の地下鉄構内にある日本旅行の広告に、一人の男性が立ち止っているのを見かけた。

 

 いったい何をしているのだろうと見てみると、震災で莫大な被害を受けた日本に対するエールを綴っていたのだ。そこには、その男性のみならず多数の書き込みが存在した。

 

 この光景を目の当たりにして、私の中での中国に対するイメージが大きく覆った。

 日本のテレビで見た中国の反日デモの印象が強く残っていた私は、中国人は日本に対して敵対心を持っているのではないかと感じていた。

 

 しかし、私が出会った中国の人々は皆親切であった。実際、潮州師範学院では同世代の中国の学生と交流を図ったが、皆とても温かく迎えてくれた。

 

 根気強く私に中国語を教えてくれた人、一緒にお昼ご飯を食べに行こうと誘ってくれた人、堂本剛の大ファンだという人。様々な学生と交流することで私の中での新しい中国が生まれたのである。

 

 今回の中国短期語学留学では、語学のみでなく様々なことを学ぶことができたのだ。特に、先に述べたように自身が抱いていた中国という国に対する固定概念を打破することができたことが一番の収穫である。

 

 実際に現地に赴き、人々と交流を深めなければ実態は分からない。その国の価値観や文化を理解しなければ未来に繋げることはできないのではないだろうか。

 

 机上の空論で作りあげた考えを覆す必要があると感じた。私に、その機会を与えてくれた陳先生をはじめとする国際連携機構の方々、一緒に旅をした友人、中国で出会った人々に感謝をしたい。

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 最後に、北京の故宮で見た「連理の枝」を紹介したい。

 連理の枝は白居易の「長恨歌」にも登場する。元は二本の木が、まるで一本の木のように互いが支え合って共存しているという木だ。

 これは、昔から仲睦まじい婦の例えとして用いられている。

 私は日本と中国の未来の姿がこの木のようになってほしいと思う。

縄田明徳 中国短期語学研修2011(韓山師範学院) (2012年05月30日)

 今回の中国短期留学は自分にとって初の海外であり、留学でもあったこともあって、自分の中の常識や、中国に対するイメージを覆されたり、沢山の良い刺激を与えてくれた。

 最初に行った韓山師範学院では2週間のうちの1週間を過ごしたのだが、この1週間は本当に充実していた。それは愛媛大学にいては体験できないことに溢れていたからだ。

 まずは日本語が通じないという環境である。

 外国だから当たり前なのだが、これほどまでに日本語が通じないという環境に初めて身を置いた自分にとって、これほど刺激的で、また不安なことは無かった。

 しかし不安の方はすぐにどこかへ行ってしまった。それは韓山師範学院の学生たちがとても優しく、こちらの気持ちを汲み取って、言葉が通じなくてもこちらが思っていることを理解し助けてくれたからだ。

 自分は英語も中国語も話せず、パートナーにそのことについて何度も謝ったが、その都度、日本語で大丈夫と言ってくれた。本当に申し訳なかった。

 今度中国に留学をする時は、会話とはいかいないまでも、意志疎通ができるくらいに言語を習得して色々な人と話したいと思う。

 

 中国の人たちは自分が思っている以上に人が良かった。ホテルのロビーでくつろいでいる時に、同じホテルに泊まっている中国人が、「君は日本人かい?旅行で中国に来たの?」と話しかけてきた。その人は英語も日本語も話せなかったけれど、紙に書いたり、ジェスチャーで色々と聞かせてくれた。

 その他にも道に迷った時、向こうから「どうしたんですか?」と話しかけてくれたりもした。本当の中国を自分の身をもって見ることができたことは、中国に対するイメージを変えてくれたし、メディアを通して入ってくる中国と、実際の中国は違うということが分かった。

 

 今回の中国短期留学では、日本の常識が世界の常識ではないこと、言語や国が違っても人の優しさや思いやりの心は変わらないこと、他にも色々な事を学んだ。
 中国の人には感謝しきれないほど助けてもらい、本当に嬉しかった。また中国に行きたいと思えるような素晴らしい短期留学でした。

中村浩輔 中国短期語学研修2011(韓山師範大学) (2012年05月30日)

 私が今回中国への短期留学を決意するにあたっての動機は、まず中国という国について非常に興味を持っていました。

 尖閣諸島沖での漁船衝突事故をきっかけに連日のようにニュースで放送されていた中国人の反日デモなどにより表出していた反日感情。

 私は「中国人は日本が嫌いなんだ。」という勝手なイメージを持っていました。また中国人はマナーを守らない、自分勝手だというイメージもあり中国に行く前には、正直中国に対してあまりいい印象は持っていませんでした。

 しかしそういったいろいろな異文化にも触れたい、また自分の英語や中国語、コミュニケーション能力はどこまで通用するのだろうかという思いで参加を決意しました。

 実際この短期留学を通して私の中の世界は大きく変わりました。日本では考えられないような物価の安さ、またトイレに駆け込んでもトイレットペーパーがない、ドアすらもない場合があるといった生活。

 道路には信号がほとんどなく潮州や桂林といったところではバイクで3人乗り4人乗りといった状況があたりまえ。また1番驚かされたのは経済格差の問題です。

 普通に道路を歩いていたり、地下鉄に乗っていると乞食をしている人が現れました。また北京の高層ビルがひしめき大きなショッピングモールがある状況はまさに先進国といった印象をうけました。

 私が今まで生きてきた上で獲得してきた常識やあたりまえといったものが全く通用しない、異文化にふれることは極めて斬新でした。

最後にこの短期留学で最初の1週間お世話になった韓山師範大学での出来事をかこうと思います。

中国の大学は非常にスケールが大きく事前に予測していた以上のものでした。学校のなかにはマンションみたいな寮がすごい数あり、8階建ての図書館があり、陸上競技場が2つも3つもあり本当に圧倒されました。

 

 また「中国人と仲良くできるのか?」これがこの留学においての1番の不安でした。

 しかしこの不安は全く必要ありませんでした。その大学の生徒はみな温かく、親切で、私たちを大事にしてくれました。
 私の英語も中国語もつたないものでなかなか通用するものではなかったのですが、熱心に話を聞いてくれ理解しようと努めてくれました。

 1週間後の彼らとの別れの時には涙がありました。感謝の気持ちでいっぱいでした。特に上の写真の彼には大変お世話になりました。
 まさか中国でこれほどまでお世話になり感謝する友人ができるとは思ってもいませんでした。

 

 中国では万里の長城や天安門広場など1度は行ってみたかったところにも行けました。

 この短期留学を通して自分の世界が広がった、これが1番の収穫です。また韓山師範大学に在学中に日本語を教えるという経験をさせてもらいました。

 実際に教壇にたち違う国の生徒に教えるということは、教師を目指している自分にとってすごくいい経験になり、海外で先生になるのもいいなというまた1つの夢を見つけることができました。

 また中国に行きたいです!

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川上陽子 中国短期語学研修2011(韓山師範学院) (2012年05月30日)

 今回中国に行くまで、私が中国に対して抱いていたイメージ、知っていることは微々たるものでした。
 ネット上では日本人の中国や中国人に対する罵倒をよくみかけます。
 中国はそこまで言われるほど悪い国なのだろうか。私が歴史や政治に疎いからかもしれませんが、過剰に反応する人びとには疑問を抱いていました。

 対日デモや治安の悪さなどから大丈夫かな……という少しの不安もありながらも広大な中国の大地を踏むことになりました。

 

 どちらかといえば、マイナスなイメージを持っていた中国に対して考えを改めさせられたのは、中国の学生との交流でした。
 言葉が通じず、見知らぬ場所にいる私たちに対してとても親身になって接してくれました。
 市内観光では、車や人が入り乱れ信号のない道路に戸惑う私たちの腕をひき、学生が遊びに行く場所を体験させてくれ、学内でたまたま出会ったら買い物の手助けをくれたり、寮に誘ってくれたりしました。
 学生たちの親切さややさしさは日本で住んでいて受けるものよりも深いかもしれません。

 

 それだけでなく、中国の学生はとても勉強熱心です。自習室に積み上げられた教科書、朝から中庭で勉強する姿。
 英語でコミュニケーションをとらなければならない場面もありましたが、中国なまりはあるもののスムーズに英語をしゃべる力がありました。
 英語くらいちゃんとしゃべれないとだめだという思いにかられました。
 ただ、言葉が通じずとも交流を図ろうとする意志と粘り強さは大事だと思いました。
 日本の漫画やアニメはやはり中国の学生にも人気らしく、日本のアニメは世界に通じるんだ、と興奮しました。

 

 日本のマスコミで流される反日感情に関しては、今回の短期留学で感じることはありませんでした。ただ、物売りの付きまとい具合から日本人は狙われやすいというのは本当なのかもしれないとは思いました。

 実際に中国国内を歩いてみて、中国の発展途中の一面を体感できたように思います。中国人の愛想のなさ、サービス精神のなさ、マナーの悪さ。
 正直、日本はなんて住みやすい国なのだろうと実感しました。

 友人とどこか発展途上国に旅してみたいね、などと話すことがありますが、実際言葉が通じず、治安の悪い国に行くのは大変なことに違いないと感じました。

 いままでのぼんやりとした海外への憧れが現実感を伴いはじめました。当たり前のことですが、その場所で確かに日々の生活を送っている人たちがいる。それを意識することで、旅行したり、その国のことを考えるときの参考になると思います。

 

 日本国内は比較的安全で落ち着いているので、他の国のまだ雑多で整備の行き届いていない環境に慣れるのは厳しいです。しかし、怖がって日本に閉じこもっていては見れないものもたくさんあります。
 中国語は発音が悪かったらまったく通じないことや、北京の発展具合は松山なんか目じゃないこととか、その場所の空気や雰囲気は実際に行ってみないと分かりません。

 私もまさか万里の長城を登る日が来ようとは思ってもいませんでした。あと三年ある大学生活。できるだけ多くの場所を体験してみたいと思っています。

深見 知代 中国短期語学研修2011(韓山師範学院) (2012年05月30日)

3月4日から3月18日まで中国短期留学での自分の所感などについて、まとめてみる。

 まず、私が韓山師範学院に留学している間、学んだことを述べる。中国語も英語もあまり話せない私が、韓山師範学院での生活に全く不自由することなく、一週間を過ごすことが出来たのは、私たち一人一人についてくれた日本語を話すことが出来る学生のパートナーたちがいたからだ。

 

 学生のパートナーたちは、日本人の私たちに本当に親切だったので、安心して韓山師範学院での留学を終えることが出来た。私は、留学の間に自分の不注意により足を怪我してしまったが、その時私のパートナーだけでなく、他のパートナーたちも心配をしてくれ、申し訳ないと思うとともに、その優しさが嬉しくもあった。自分と同年代の違う国の学生と交流することは、私にとって良い刺激となった。自分とは違う国で、違う環境で育った学生の考え方、価値観などを知ることが出来ただけでも、私のとってはとても貴重な経験となったと思う。

 

 もちろん、全て上手くいったわけではなく、難しいと感じたこともあった。それは、やはり言語の違いである。コミュニケーションは、口頭だけで全て通じたわけではなく、筆談でやっと通じたり、ジェスチャーを使ってみたりして、相手に思いがやっと通じたりしたこともあった。

 

 しかし、私がそこから学んだことは、「笑顔」の役割の大切さである。言語に壁があっても、笑顔というものはどこの国でも共通のもので、相手の笑顔を見ることが出来るというのは嬉しいことだった。

 

 また、中国語も留学の間に授業で学ぶことができ、最後には中国語でのスピーチもあったので、それに向けて中国語の練習をすることで、自分の中国語の力も少しは上達したように感じた。この中国での勉強を活かすべく、日本に帰ってからは中国語検定4級を取得出来るように、勉強を続けていきたいと思う。

 

 韓山師範学院で素敵なパートナーたちに出会えたこと、中国語を学べたことが、この留学において一番の収穫だったように思う。

  次に、中国を観光してみて学んだことを述べる。中国のいろんな場所を観光してみて私が思ったことは、昔の日本は中国をお手本にしていたということだ。特に、東大寺の基になった寺院を訪れた時は、そのように感じた。また、世界遺産である万里の長城や、日清戦争前に建てられた頤和園など、歴史を感じさせるものを実際に目で見ることが出来たことも、貴重な経験となった。教科書では見たことがあっても、やはり自分で実際に行ってみて見る方が格別だと感じた。

 最後に、中国で二週間生活してみて、中国の文化に触れて学んだことを述べる。中国と日本の文化の違いは、やはり実際に自分が体験してからわかるものだと思う。

 

 例えば、私が感じた文化の違いは、麺類の料理を日本では女性も麺をすすって食べることが当たり前だが、中国では女性はすすって食べるのは行儀が悪いとされていることや、交通のルール、日本ではよく使われる曖昧な表現が通じなかったりしたことなどだ。その文化の違いは面白く、私にとってとても興味深いもので、もっと知りたいと思った。

 

 何と言っても、この留学を私たち全員が無事終えることが出来たのは、陳先生と園山さんの助けがあったからだと思う。陳先生だけではなく、中国で出会った呉先生や黄先生などの先生方にも助けていただき、とても感謝している。中国短期留学の間、本当にありがとうございました。

 この留学を通して、自分自身少し成長出来たような気がする。中国その点でも、この留学に参加したことは、正解だったと思う。 これからも、この留学で得たものを活かしながら、大学生活を送っていきたい。

今村菜穂子 中国短期語学研修2011(韓山師範学院) (2012年05月30日)

1.     はじめに 中国に行こうと思ったわけ

 GDPで日本を抜いて世界第二位になり、急速に世界を席巻している中国。目を覚ました眠れる獅子はどのように世界を変革していくのか。そしてその底力の秘密は一体どこにあるのか。そのヒントを少しでも掴めたらと思い今回の短期留学を決意した。

2.     異文化との交流 

 中国人も日本人もその容姿にはほぼ差異はない。だが食や生活スタイルの違いは承知しているつもりではあったのだが、「文化の相違」これは想像以上に大きなものであった。文化の違いは当然人種の違いとイコールである。広大な土地、莫大な人口、悠久の歴史が育んだ中国人という人種について以下の二点から考察する。

・ 勤勉であること

 韓山師範学院で見た朝の風景は忘れられようもない。ここの学生は早朝から屋外にて自学していたのだ。また、校内に4つある図書館の自習室でも一心に学習に励む姿がとても印象深かった。12時から14時半までの長い昼休みは昼寝に当て、午後の授業を集中して取り組む。放課後はスポーツなど、思い思いに時間を過ごし、夜には再び自学する。友人になった学生が話してくれた。「中国には人が多いからそれだけ優秀な人もいる。就職は本当に難しい、まだまだ勉強が足りない」と。世界第一位を誇る人口の多さが厳しい現実を生み出し、彼等を駆り立てている。そしてこのことが中国経済の強さの秘訣でもあるのだろう。

・ 情熱的であること

 中国人学生は本当に親切だ。たった数十分間を共に過ごしただけの関係であっても彼等は昼食に誘ってくれ、街の案内を申し出てくれた。パートナーとして数日をともにした女子学生は別れ際に涙まで流してくれた。彼女には本当に良くしてもらい、世話になりっぱなしの未熟な自分が恥ずかしかった。日本人はとかく体裁や損得勘定で行動しがちである。自分がもし反対の立場だったらこんなにも相手に親切にしてあげられただろうか。なぜこんなにも親切にしてくれるのかと尋ねると、「私たちはもう友達だ。そして、本当の友達というのはそういうものであり、特に一期一会、距離が離れている私達ならばそれが当然なのだ」このように答えてくれた。文化に国境はあっても、友情に国境はない。このような素敵な考え方をする友人ができた一期一会の奇跡には本当に感謝したい。ともあれ、中国人はとてもストレートに感情を表現してくれる民族であるといえよう。接客態度などにおいては一見無愛想に見える中国人だが、笑いかけると笑顔を返してくれる。日本のような愛想笑いや、建前といった文化はきっと中国にはないのだろうと思う。日本におけるそれらの文化が発達したのは島国という立地条件により小さなコミュニティーの中で生きることが必至であったがゆえであるが、グローバル化した今後は世界の国々と対等に渡り歩いていかねばならない。そのときに自分の思いを曖昧に埋もれさせてしまわぬよう、率直に相手にぶつける度胸を身につけねばならない。日本人もストレートに情熱的であるべきだと感じた

3.     反省点 

・ 多くの人に支えてもらわないと何も出来ない自分

・ コミュニケーション能力の低さ

 今回痛感したのが上記二点である。中国人学生達の手助けがあり、身勝手な私達を見守ってくださっていた大人の方々がいてくださったからこそ安全で楽しい旅を送れたのである。20年も生きてきたのに自分がこんなにも幼稚で世間知らずなこと、そしてこんなにも多くの人に守られ助けられていることに気付いたのは今回がはじめてであった。自分の未熟さを承知し、精進しようと思う。

 また、中国人とコミュニケーションをとる際、長年学んできた自分の英語がとても低レベルで、相手に伝わる英語が身についていないという事実はショックが大きかった。中国語において全くの初学者であったことも失敗点の一つである。会話まではいかないにしろ現地の人の話していることが分かればもっと得るものも多かったのではないかと思う。英語、中国語ともに学習を続けていくことにする。

4.     おわりに 日本の将来 

 今回のたびで日本の長所、短所を再認識できた。大震災による大打撃を受けた日本が今後世界を相手取りグローバル競争を生き抜くためにはここまで述べてきた全てのことを改善する必要がある。まず体裁を気にせず情熱を勉強に、さらには相手にぶつける。そのためにはコミュニケーション能力の向上が不可欠で、内向的でいてはそれは成し得ない。私達若者は守られていることを自覚し、感謝し、その幸運を情熱に変える義務がある。このように全てはリンクしている。

 日本には歴史の確執の名残なのか、中国に対する批判めいた風潮があるように思う。過去を引きずるようでは日本に未来はない。全ての物事は達人の真似から開始される。見て学べ、である。中国の強さの秘訣から日本が学べることはまだまだたくさんあるはずだ。

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