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髙橋 貴一 春休み中国短期留学2015

2月29日から3月15日までの中国文化研修では短期間の間に今まであったことのないたくさんの人々との出会いがあった。中国という国の広さ、歴史の深さを感じた。短い研修の中で出会った人々について書く。
最初の出会いは2週間ともに研修を行う9名の学生、陳先生と奥さんとの出会いだった。
和気あいあいとした雰囲気がすぐにでき、まるでこれから始まる研修が私たちにとってとても楽しくそして有意義な時間になることを語っているかのようだった。

 

中国での生活が1週間たったある日出発日の写真を見返していると「みんな若い」「ちょっと太った?」「なつかしい」こんな言葉が聞こえてきた。一つの部屋に集まってゲームをしたり夜通し話したり研修団はすぐに仲良くなった。

3月1日~3月6日 桂林理工大学学生生活
私たちは桂林の郊外にある桂林理工大学国際学科の留学生として1週間を過ごした。授業は英語と中国語のみを使って行われた。中国語も履修していらず英語も不得意な私は授業のスピードについていくこともできず大変だった。
中国を少しでも学ぶために私は習った言葉をすぐに話してみることを意識した。中国の大学の授業は10時から12時まで授業があったあと昼休みに昼寝の時間がある。この昼休みの時間に学外に散歩に出かけて店によったり学内の生徒とスポーツをするなど積極的に中国語を話す機会を見つけ活動した。
授業の話は他の生徒が語ってくれると思うので私は昼休みや夜の散歩で出会った人々について紹介する。
私が最初に授業で習った中国語を使った人は桂林理工大学付属小学校の近くにある売店の店員だ。このとき何も見ないで話せたことは自分の名前と「是」「不是」のみ。後の会話は持参した単語帳で必死に例文を探して指をさす。そして店員が伝えたいことはすべて紙に書いてもらう。この方法で買い物を行った。店員は笑顔が素敵で私の変な中国語聞き取ろうとしている姿勢が伝わってきて嬉しかった。そして私に言葉を伝えようと親切にしてくれたことが印象的だった。
2日目のある日私は写真屋に一人で行った。桂林理工大学学生証の写真を受け取るためだ。中国人の友人の助けを借りて写真を受け取る予定だったのだが中国語を話してみたい気持ちが大きすぎて内緒で約束時間より早めに受け取りに行った。写真屋店員と会話する中で中国語学力が伸びていると感じたことを覚えている。実はこの時授業についていくことができず気分が落ち込んでおり普段とは違い自然体のままで中国語を話していた。聞いたことがある音をただ真似するだけの会話だった。以外にも何も考えないほうが会話が成立してとても不思議な感覚だった。

 

桂林4日目のある夜2人の後輩と散歩していると小さなお菓子屋さんを見つけた。このお菓子屋さんに立ち寄った理由はただ一つ。店前のパイナップルがおいしそうだったから。すると私たちに笑顔で話しかけてくれる人がいた。早口すぎて言葉がわからずキョトンとしている私と対照的に英語と中国語で話している後輩。差を感じた。勢いに身を任せて話してやれと適当にしゃべる私。もっと勉強頑張ろうと誓った瞬間だった。この店員さんは芸能人を目指しているようで話すことがとても上手だった。常に笑顔でおすすめのお菓子や日本の話で盛り上がった。名前を覚えてないことが後悔。

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桂林理工大学学生との交流
桂林理工大学の学生交流は言葉の壁を超えた有意義な時間となった。100人くらいいたのかな。私たちが案内された教室は多くの学生でいっぱいだった。日本語学科の生徒は日本に興味があるようで質問のリストを作って持ってきているほど熱心だった。そのリストに何度も書き直した跡があったことが印象的だった。日本語で会話しながら大学内を案内してくれた。最初に案内してくれた場所は図書館だ。日本の図書館とは広さが違っていた。私達は地下1階にある日本語コーナーに案内してもらった。文法書や解説書ばかりで不思議な感覚だった。2時間の短い時間の中で図書館、体育館、正門近くにある橋と案内してもらった。桂林理工大学は中国の大学の中でも狭いほうらしいが私達から考えると広すぎる。まずキャンパスとキャンパスの移動に高速道路は通らない。
学生の中でも特に仲良くなった2人の友人を紹介する。1人の友人は小柄で元気がいい女の子だ。英語とバスケが得意だと言っていた。彼女は私にお土産を用意してくれていた。飲み物と大学のポストカードをもらった。このポストカードを見るたびに楽しかった桂林での日々を思い出している。
もう一人の友人は芸人のように面白い背が高い男の子だ。なんでも日本に留学することを決めているらしい。日本語が上手で冗談を言い合って笑ったり肩を組んで写真を撮ったり常に笑っていたことがなつかしい。
桂林理工大学学生とすごした2時間は一瞬で過ぎてしまった。 「もっと早く出会いたかった」「桂林にまた来る」こんな声が日本の学生から聞こえていた。

 

桂林最終日は仲良くなった学生とその友人6名と楽しい時間を過ごした。昼ごはんで食べた餃子の味は忘れることができない。大学内でスポーツをしたりゲームをして遊んだ後桂林市内に出かけた。桂林市内は想像していたよりも都会で人が多かった。人と車が常にあり少し落ち着いた理工大学付近の様子と違い不思議だった。買い物をしながら羊の肉を食べたり大きな公園でおしゃべりをした。最後のごはんでは彼らとビールを飲みながら中国の学生生活や日本の文化について語り合った。お別れの時間が近づき気持ちが沈んでいると彼らは私達に本をプレゼントしてくれた。しかもメッセージと特製の詩付きの世界に1冊しかない本だ。プレゼントをもらった嬉しさと彼らと過ごした短い時間があまりにも楽しすぎて門限を過ぎてまで笑って話した。
「絶対再会しよう」「日本で会おう」互いに約束してその日は終わった。日本に帰った後もSNSで交流は続いている。

 

3月7日~9日 陽朔
桂林から陽朔へは川下りで移動した。川下りといっても日本人が想像する小舟に乗ったそれではない。島と島を横断することが可能なくらい大きな船に乗り桂林の大自然を楽しみながら移動した。この川下りの様子は他の人が書いているはずなのでここでは省略する。
陽朔は川沿いにあり山に囲まれた商人の町である。この町で私達研修団は「値切り」を初体験した。半額以下に値切ることは当たり前で最高4分の1まで価格を下げることができた。たまに失敗することもあったが。
私がこの町で印象的だった出来事はレンタサイクルで街を回ったことだ。この時は1人で自由に駆け回った。小学生が遠足に行く様子、鵜飼のおじさん、川沿いで遊ぶ人々など直接話すことはなかったが陽朔の人々が生活する様子を見ることができた。ある橋から見た陽朔の美しい街並みと近づいてみて分かる山の斜面の鋭さは日本で見ることができない風景だ。2日間というとても短い時間だったが水上ショーを観覧したり先住民族にあったこと、美しい鍾乳洞見学など短いが濃密な時間を過ごすことができた。

 

3月10日~3月15日 北京滞在
 桂林、陽朔と2つの都市を巡って中国での生活に慣れてきたころ最後の都市である北京に滞在した。この時期の北京は空気がきれいな時期で世界遺産や大都会の街並みをはっきり見ることができた。北京はとにかく都会。そして町の特徴として世界遺産が多く残されていることがある。すべて見てみたいと思ったが北京は広すぎて見ることができなかったことが残念だ。
 3月11日に北京民族大学学生との交流があった。桂林理工大学の学生とはまた違った雰囲気の学生が面白かった。多くの学生が既に日本に留学したことがあり彼女たちの留学の話や愛媛の生活を話した。また4回生の卒業論文の話を聞いた。日本の女性専用車両についての意見や知的財産権の認識、新聞に焦点をあてて日本と中国のメディアの違いなどどの論文も難しいテーマを設定していた。卒業発表会に機会があれば参加してみたいと思った。どこか落ち着いた雰囲気がある北京民族大学学生との時間もすぐに過ぎてしまった。
 この日はこの後北京愛媛県人会会員との交流があった。来てくれた人たちは社長やエリートばかり。はっきり言ってかなり緊張した。
 中国の人口は日本の約10倍。だから仕事も歴史も日本の10倍あるんだ。世界は広い。狭い環境にとどまっていてはいけないよ。
 ある会員の方が私に人生のアドバイスをくれた。もっと海外に飛び出していこう。中国のことをもっと学びたい。ある決意が私の中に生まれた瞬間だった。
 残り少ない中国生活を有意義なものにしようと改めて決意した一日だった。

 

3月12日、13日 北京観光
 最初に私たちが訪れた場所は前門、天安門、故宮美術館だ。国会開催中とゆうこともあり人も多く警備も強化されていた。徒歩で移動しながら感じたことはすべてが大きくて広い。移動だけでもかなりしんどかった。天気に恵まれて空と建物がきれいだった。天安門はテレビ画面でみるそれとは違った。朱色に染まった門と掲げられている毛沢東の肖像画の迫力に圧倒された。故宮美術館で見た王座は神秘的な魅力を秘めていた。景山公園からは故宮全体を見ることができ故宮の広さときれいさに驚いた。
 そして翌日万里の長城を訪れた。初めて見たとき言葉が出なかった。いままで見てきた建造物とは迫力が違っていた。想像をはるかに超える見た目への驚きは忘れることができない。実際に登ってみると階段一段一段は高く角度も急だった。また終りがない。目標地点を決めて登ってもさらに次がある。私たちはすぐに心が折れた。同時に万里の長城の魅力に気付くことができた。あの建造物を作るためにどれほどの人材と時間がかかったかは考えたくもない。言葉にできない感動を覚えた。
 次に訪れた場所は十三陵だ。明時代の皇帝たちの墓の集まりだ。墓の中に入ると大理石の門の美しさと門が閉まる仕組みに驚いた。頤和園では公園の中に広がる湖の広さに驚いた。私の地元香川県には満濃池がある。それを初めて見たときと似た感覚だった。しかし頤和園があるのは北京だ。湖の向こうにかすかに見えるビル群が不思議だった。
 北京観光では中国の歴史の深さと広さを体感した。疲れのピークはいつ超えたかわからないが言葉にできない感動はいまでも忘れることができない。

 

3月13,14日 自由時間
 13日は中国人の友人に北京でまだ見ていない場所を案内してもらった。最初は天壇公園に向かった。多くの人々がダンスをして楽しんだりベンチでトランプをしていた。日本の公園とは規模が違った。また私が驚いたことは人々の憩いの場所が世界遺産であることだ。私も一緒にスポーツをした。体を動かすことは全世界共通して楽しいことの1つだ。中国式の建築物や大理石の階段の美しさに感動した。
 次に訪れた場所はオリンピック公園だ。鳥の巣と国際水泳場の大きさはまた世界クラスだと感じた。最後にシーシャハイと呼ばれる湖に案内してもらった。三輪車に乗ってフートンとよばれる街並みをゆっくり見て回った。北京で一番家賃が高い住宅街は世界遺産の一部で値段を聞いて驚いた。
 夜は日本人の友人とマッサージ店に行った。日本国内でも海外でもマッサージ店に入ることはみんな初めてだったので少し緊張したが日本人慣れした店員はおもしろくリラックスすることができた。
 14日午前、午後はショッピングをした。王布井、前門と食べ歩きをしながら買い物をして楽しんだ。夕方この中国研修のまとめの意味を込めて一人で天安門に向かった。天安門につくとちょうど国旗降納の時間だった。兵隊の行進や国旗が下がると同時にライトアップされた天安門は素晴らしかった。中国最後に最高の思い出を作ることができた。

 

 今回の中国研修で体感したことは「行動する大切さ」だ。中国に対する日本の印象はよくない。大気汚染やマナーが悪い人々、偽装問題などの悪評しか多くの人が知らないからだ。実際中国研修に参加することが決まった時「よく中国に行けるな」という声やありえない量のマスクを差し入れしてくれる友人がいた。気持ちはありがたいが実際の中国は日本人が考えるほど悪名高い国ではない。「思い込み」「偏見」は怖いものだ。そしてこれは自分の可能性を閉ざしていると感じた。実行することは私たちにたくさんの出会いや知識、多くの経験を与えてくれる。最近の学生は不安に押しつぶされ行動することに恐れている。この研修で私たちが得た思い出は一歩踏み出した勇気から得たものだ。この短期研修で学んだことを伝え将来は「自分の可能性を広げる教育」を行うために学習を続けていく。