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黒岩菜湖 米国英語研修プログラム2015(カリフォルニア州立大学サクラメント校) (2016年05月20日)

私は今回の研修で多くのことを学んだが、一番印象に残ったのはアメリカの教育スタイルである。現地に足を運んでみて日本とアメリカの教育がどれほど違うのか身に染みて感じた。アメリカの教育で大きく違うなと感じた点は3点ある。

1点目は、小、中、高、大どこにおいても参加型の授業を展開しており、生徒が発言する機会も多く見られた点である。また、生徒と教師がほぼ対等な立場で授業をしているように感じた。一方日本では、学年が上がるごとに受け身の授業になりつつあり、先生が少しうえの立場として授業を行っている感じがする。その証拠に日本では先生は教壇の上に立ち話す。国によってそれぞれ方針があると思うが私はアメリカスタイルのほうが好きである。小さなことにでも疑問を持ってみたり、積極的に発言したりすることは、社会に出たとき重要になってくるからである。教室の雰囲気としても日本と全く異なる。日本は、一人一人席が決められており机もきれいに並べられている。一方アメリカでは、いくつかある大きな机に自由に集まり話しあいながら授業にのぞんでいた。そちらのほうが生徒同士の意見交換が自由に飛び交うことができるなと思った。しかし、授業中にお菓子や飲み物を飲んだり自由に退席したりしていたが、それは少し自由すぎて引き締まりにかけるのではないかと感じた。態度やマナーについては日本の生徒のほうがきちっとしていると私は見受けられた。

また、小学校低学年からパソコン教育を行っているのには驚いた。ある小学校は3人に1台はPCが設備してあった。貧しい家庭ではPCが家にないためなるべく学校で教育しなければならないとのことだった。

2点目は地域の貧富によって建物や教育の質が違うということである。日本の公立は県や市ごとにだいだいた統一している。しかし、アメリカでは地域の貧富で異なってくるのである。ある地域の学校はレンガで建てられているがある地域ではプレハブでできている。また、市によっては教育にあまり資金を当てなかったりしているそうだ。子供たちに非はないのに貧富の地域で質が違ってくるのはあまりよくないと感じた。その点日本の公立学校はある程度統一しており皆が同じ教育を受けることができているのではないかと思う。

3点目はアメリカでは、大学に入ってからのほうからのほうが勉強が大変ということである。日本は逆に大学に入るまでが大変である。今回アメリカに行って私は大学入ってから1年間何を学んできたのだろうと考えさせられた。日本の大学生は入ることが目標で入ってしまうとすっかり脱力してしまうケースも少なくない。現地の学生から私の週の授業数は多すぎて復習や勉強はどのようにまかなっているのか、私には無理だと質問が寄せられた。そのとき私は今まで取ってきた授業は本当に自分の知識として入っているのか、理解できているのかと考えた。現地の生徒さんたちは少ない教科で内容濃く学んでいる。そのため毎日の復讐や宿題は当たり前である。私たち日本の学生もせっかく必死こいて勉強して大学に入ったのに入って楽してはもったいないと身に染みて感じた。

これまでアメリカの教育と日本の教育の環境の違いについて述べてきたが、他にも気づいたことはたくさんあった。3点以外に自分がいいなと感じたのは、アメリカの大学は様々な国籍の人が通っていることや、年齢層が日本に比べて幅広いということである。年齢層が広いのと国際色豊かであれば、たくさんの意見や考え方が出てくるということである。日本の教育は教育でいいところも改善すべき点もあり、一概にもアメリカと同じようにしたほうがいいというわけではないが、お互いいいところを共有しあうことも大切だなと感じた。日本を初めて出て、世界にはたくさんのやり方があるんだと知ることができた。

これからの大学生活で、自分が何か学んだことや、取り組んだことについて、自信を持って他人に言えるくらいに1つ1つのことを意味あるものにしていきたいと考えている。そのためにも、今回の研修で学んだ積極性をどんどん活用していきたい。アメリカは何事も他人がしてくれるのではなく自分からアクションを起こしてからすることのほうが多かった。自分から動くことで他人も協力してくれる。会話をする中でも、最初のうちは受け身ばかりで会話もあまり弾まなかったが、後半は自分から話すようになって相手もそれに応えようとしてくれ会話が弾み出した。そのように、これからの大学生活も受け身で終わるのではなく何事も自分から挑戦して行こうと思う。今回の研修で自分が大きく変わったとまではならなかったが、いくらでも変わることができるという機会を与えてくれた収穫が多かった研修であったと感じている。

武多瞭 米国英語研修プログラム2015(カリフォルニア州立大学サクラメント校) (2016年05月20日)

  1. Education in the USA

アメリカでの高校大学の授業を見ていて、日本とは異なるところが多く見られた。中でも、学生の授業中の積極性が印象に残っている。日本での大学の講義において、ほとんどの学生が後方に座り、前方には数少ない学生が座っており、講義中に先生から「質問がありませんか?」と問われてはじめて質問する人がいるかいないかという状況である。対してアメリカで見学した講義では、広い講義室においても、ほとんどの学生が前方に座って講義を聞いており、学生が分からないところがあると、先生の話の途中でも手を挙げて積極的に質問をしていた。

これは高校からの授業が関係しているように思う。高校生のシャドーウィングでみた授業でも、生徒が授業中に積極的に先生に質問していた。また、討論会のような授業があり、それぞれの生徒が議題について発表者に多くの質問がされていた。また、どの生徒も他人に伝えるために大きな声で分かりやすく発表を行っていた。日本ではこのような討論をするような授業はなく、発表する機会があったとしても、どの生徒も普段の生活よりも非常に小さなボリュームであることがよくある。また基本的に授業も、先生の話を聞いて質問があったら授業後に聞きに行くといったスタイルで、ほとんどの生徒が受け身のように思った。

授業中に質問することで、他の生徒とも疑問を共有することができ、先生側もまた単調な授業のなかで楽しさを見出せるようになるのではないかと思う。日本でも高校から生徒がこのような積極的な授業参加できるような環境が作られるべきではと思った。

 

  1. Your life in the future

今回の研修で、もっと海外の英語を話す人とうまくコミュニケーションをとれるようなりたいと思うきっかけができ、今まであまりなかった英語を学ぶモチベーションにもなったように感じる。社会でグローバル化が進むなかで、会社で海外研修があるのはもちろん、僕の所属している研究室でも、海外の学会に参加して研究発表をする機会があるなど、実際に日本を出て英語を使う機会が多くなると思う。次、海外に出る機会に向けて、より英語を使いこなせるようにするためにも、定期的に英会話やサクラメントでできた友達と英語を使って連絡を取ることで、実際に英語に慣れていく必要があるように感じた。毎日、英語の学習を続けていくことで、またの海外へ行く機会に備えていきたい。

安宅里佳 米国英語研修プログラム2015(カリフォルニア州立大学サクラメント校) (2016年05月20日)

1)1.日系アメリカ人について
今回の留学中に学んだ「日系アメリカ人の歴史」を時系列で考えたい。
まず初めに、サンフランシスコの日本街について。1850年、浜田彦蔵が航海中に遭難し、アメリカ船オークランド号に救出されサンフランシスコに渡航・滞在。1858年、日本人として初めてアメリカ市民権を取得する。サンフランシスコのポスト・ストリート沿いには日本街があり、多くの日系人が生活していたが差別などに苦しんだ。また、第二次世界大戦時にはここに住む日系アメリカ人たちも強制収容所に収容された。
次に、若松コロニーの歴史について。1869年、戊辰戦争に敗れた会津藩の人々が、商人ジョン・ヘンリー・スネルとともにアメリカ・カリフォルニア州に移民する。(移民第一号)そして、日本の茶と絹を栽培しながら「若松コロニー」を築く。しかし、悪天候による不作や資金不足、病気の流行によってコロニーは崩壊する。また1971年、スネル商人が行方不明になる。
そして第二次世界大戦前後の歴史について。1924年、サンフランシスコに到着した移民船「シベリア丸」を最後に、日本人の移民が全面的に禁止される。1941年、日本が真珠湾攻撃を行い、日系人社会のリーダーたちが逮捕される。1942年、ルーズベルト大統領のもと、西海岸地域に住む日系人全員とハワイの日系人の主な人々合計11万人が強制収容所に送られる。戦後しばらく経った1988年、レーガン大統領が日系人強制収容の事実の謝罪を行い、一人につき2万ドルの補償を行うことを決定した。
留学中、様々な施設で日系人の歴史を学んだ。(若松コロニー、大学の資料、サンフランシスコ、カリフォルニア州博物館)全てに共通していることは、日系人がアメリカで生活を始めることは容易ではなかったということだ。特に、“一世”と呼ばれる人たちは権利を得られず、差別や偏見に苦しんだ。先人たちの苦労と勇気があって、今の自由なアメリカがあることを改めて感じた。そして、グローバル化を考える上で過去の歴史を見つめ直すことがとても重要であると思った。

2)1.大学での学びについて
カリフォルニア州立大学サクラメント校を訪問し、現地の生徒の皆さんや先生方と交流をして、学習に対する向き合い方を変えようと思った。なぜなら、現地の生徒の皆さんや先生方の学習に対する意欲や熱意に圧倒されることがたくさんあったからである。現地の大学での学習方法は、日本の大学の学習方法よりも質が高いように感じた。例えば、授業中のアクティブラーニングを見ると、ただ講義を聞き流すだけの日本の受け身な授業がとても恥ずかしく思えた。大学での学習を無駄にしないために、より積極的な姿勢で学習に励みたいと思った。自分の専攻はもちろん英語のスキルアップのための学習も頑張りたい。そしてまた、留学に参加して様々な場所で様々な経験をしたい。

小池 佑太 2014アメリカ留学(カレッジオブレイクカウンティ) (2015年04月20日)

 

アメリカでの私の暮らし‐College of Lake Countyでの生活を通して‐ 私は2014年8月19日から同年12月28日の4か月間で、アメリカ合衆国イリノイ州に語学留学を行いました。私の通っていた学校はCollege of Lake County (CLC) という短大のような大学で、愛媛大学でいうところの共通教育の英語コミュニケーションや総合英語のような講義を1学期間受講しました。こちらの学校には日本人が5,6人ほどで、事前に心配していた「日本人でかたまってしまい、留学した甲斐がなかった」という事態には陥る心配のない環境でありました。基本的に日常会話は英語であり授業も英語で行われるので、そういった意味でも大変英語慣れした留学であったかなと感じています。 今回は私のアメリカでの4か月間を「日常生活」「学校での生活」「休日の生活」の3つのテーマに分けて紹介したいと思います。たった4か月間ではありましたが比較的よく勉強し、よく遊んだ方だと自負しています。今後留学されるみなさんの参考に少しでもなればと思います。

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1.日常生活

まずアメリカで苦労したのは、買い物やホテルでの現地のスタッフとのやり取りと、日本とは異なった生活文化に適応することです。ファーストフード店でサンドウィッチ一つ買うのに英語が聞き取れず大変な思いをしたり、ホテルのフロントの人との会話が十分に成り立たなかったり、日本では当たり前にできていたことが、言語の壁から十分には出来なくなり最初は大変戸惑いました。最初の1,2か月はスタッフとのやり取りを避けがちではありましたが、最後の2か月間は英語の会話に慣れた部分もあり、自らきっかけを作って会話しに行くほどに成長しました。印象深いのは、帰国が間近に迫ったスーパーでレジの接客をしてくれたスタッフが数年前にアメリカに他国から移住してきた方で「大変だと思うけど頑張って、またアメリカにおいでね」と言われたことでした。ほんの些細なことではありますが、「生活に慣れる」ことを感じるたびに喜びを噛みしめていました。また、実生活を通じて感じた点は、アメリカで生活するには車が必要不可欠だという点です。私は車を持っていなかったため大変不便な思いをしましたが、ルームメイトをはじめとする友人たちに送り迎えをしてもらえることが多かったのでなんとか生活できました。特にショッピングの際は、スーパーまでの距離は遠い、かつ、1つ1つの商品の重量がかなりあるため、本当に苦労しました。今後アメリカに留学される方は、そういった意味でも移動手段が事前に確保できていると安心かもしれません。

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2.学校での生活

ここでは主に授業についてとそのほかの時間の過ごし方をお話したいと思います。まず授業についてです。College of Lake County は様々な国からの留学生を受け入れているため、大学レベルの講義を受けるための英語力を備えるカリキュラムが用意されており、履修の前に英語のテストを受け、点数に応じて4段階のレベルでクラス分けがなされました。私は1番上のレベルのコースを履修し、スピーキング・リーディング・ライティングの3つの授業を受けていました。時間割は愛媛大学とほぼ同じ時間帯で月曜2・3限、水曜2・3限、金曜2限という1週間の時間割であり、クラスは10名強の少人数クラスでした。授業内容は教科書を用いて文法事項を確認したり、Pat Conroy作のThe water is wideという小説を毎授業で読んだり、プレゼンテーションについて学んだりしました。その中でも小説を読む授業は特に骨の折れるもので、予習をしっかり行わないととてもついていける授業ではありませんでした。どの授業も大変ではありましたが、クラスメイトとも徐々に仲良くなりとても楽しい授業だったと感じています。 次に授業外での生活についてです。基本的に私はサークル活動に参加するか、学校にあるホールで友人たちと勉強したり会話を楽しんでいたりしていました。サークルはInternational Club(留学生サークル)とAsia Student Alliance(アジアサークル)の2つに所属し、それぞれ週1回集まって交流を深めていました。これらのサークルでは休日にちょっとした旅行を行ったり、ハロウィンやクリスマスといったイベントの時期にはアメリカらしくお祝いパーティがあったりしました。こうして仲良くなったサークルメイトやクラスメイトとそれ以外の時間に一緒にいることが多くなり、時間に余裕があるときは、ショッピングモールに買い物に行ったり、外にご飯に行ったりすることもありました。その結果、時間が経つにつれて学校に行くのがより楽しく感じるようになりました。こうした自身の経験から、毎日を楽しく過ごすためにはもちろん、語学の上達にも「遊び」は留学において特に重要なものだと感じました。

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3.休日の生活

普段は友人やルームメイトと車でドライブに遊びに出たり、夜はバーや自宅・友人の家でお酒を楽しんだり、休日を利用してシカゴへ(滞在地から電車で1時間)旅行に行ったりしました。特に印象に残っているのは、3か月間シェアハウスをしていたルームメイトと過ごした時間です。私は日本人2人、イエメン人の兄弟2人の計5人で1軒屋をシェアしていました。お互いに時間ができた時にはルームメイトが持っていた車で農園や教会、ハロウィンパーティーなど、アメリカならではの場所へ連れて行ってもらいました。彼らとは最初は見ず知らずの他人でしたが、帰国直前には兄弟のような存在になり大変心に残るシェアハウス生活を送ることが出来ました。私の経験からは、ルームシェアで得られる経験は貴重なものであると感じたので、機会があるようならぜひお勧めします。

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私はアメリカへの留学が初めての海外渡航で、言語の面や宗教観をはじめとする価値観の違いなど、留学前は多くの心配を抱えていました。しかし、行ってみると意外となんとかなるもので、唯一無二の経験を積めたと感じており、同時にもっと海外の様々な国々の人々と交流したいと考えるようになりました。卒業後は、こうした経験を活かしてより世界にアプローチしていけるような仕事に就きたいと考えています。留学を少しでも考えているみなさんもぜひ、世界に触れる第一歩としてチャレンジをしてみてはいかがでしょうか。

三浦 颯 2013アメリカ留学(カレッジオブレイクカウンティ) (2014年10月22日)

 アメリカに来て約6か月の時が過ぎました。来た当初は、目に飛び込んでくる風景や人々、耳に入ってくる馴染みのない言語、すべてが新鮮でこれから始まる生活に不安を抱えつつも胸を躍らせていました。こちらでの生活が始まってからは驚きの連続でした。学校での授業や外国人とのルームシェアなど、そこには多くの出会いがありました。特に学校では、今まで出会ったことのない人種、知らない文化や宗教など、コミュニティカレッジだからこそ感じることのできる世界の人々の多様性を肌で感じることができました。「百聞は一見にしかず」というのはこういうことなのだなと思いました。今まで知らなかったものとの出会い、未知との遭遇というものが私の中にあった固定概念というものを打ち砕き、新しいものを吹き込み、新たな私という存在を形成していきました。
 私がどういうことを感じたかということばかりを書いても、留学を考えている人の参考にはなりにくいので、学校での授業内容等を少し書いておきます。
学校はオリエンテーションから始まりました。このオリエンテーションは主に新しく来たインターナショナルの生徒のために開かれ、学校の規則や授業のことを聞き、最後に学校内を案内してもらいました。その次の日にはみんなでショッピングに行ったり、ボーリングをしたりと、友達を作る良い機会となりました。そして、後日プレイスメントテストというものを受けました。このプレイスメントテストは英語のクラス分けテストを行うもので、このテストの結果によりどのクラスに入るかが決まります。私は英語を学ぶELIクラスの一番上のクラスに入りました。授業内容は英語の文法や単語の勉強はもちろん、レポートの書き方や小説を読んでのグループトーク等でした。ELIクラスの他に言語学の授業も受けました。私の専攻が英語学なので、アメリカで学ぶ言語学と日本で学ぶ英語学を照らし合わせながら、授業を受けることができました。また、様々な国から来た生徒がいるので、言語や文化の違いによって生まれる意味の相違や考え方の違いを実際に授業の中で学ぶことができました。また、勉強だけではなくクラスメートと自国の文化や言語を教えあったり、一緒に勉強したりするうちに自然と仲良くなり、かけがえのない友達を得ることができました。
 この留学を通して英語力が上がったことはもちろんのこと、ことばというもののおもしろさを再確認することができました。そして、何よりそのことばを使って築いた人々との関係がこちらで得た一番の宝ものです。この留学は多くの人に支えられて成り立っています。送り出してくれた親族、励ましてくれた先生や友人、現地でいつもサポートしてくれる人々、こういった人たちにいつも支えられて私はなんとか立っていられるのです。人は1人では決して生きていけないので助け合って生きていかなければいけない。そんな当たり前のことを改めて感じることのできる留学生活です。留学に来ると新しい発見があるのは当たり前です。その上、今まで自分が当たり前だと思っていたことを見つめ直すことができます。自分をもう一度見つめ直すことで、また前に進めるのだなと思うようになりました。留学に来て本当によかったと思っています。留学に来て絶対に後悔はしないと自信を持って言えます。留学は自分を変えるきっかけになりました。
 私はこの留学をきっかけに、留学生や日本で働く外国人の人達のサポートができる職に就きたいなと思うようになりました。こちらでたくさんの人とふれあったり、助けてもらったりしているうちに、自分もサポートされる側ではなく、する側になりたいなと思うようになりました。帰国後は公務員試験のために公務員講座を受けようと思っています。国際関係の職に就きたいので、大学の国際推進の職員を考えています。夢に向かって頑張っている人たちのサポートすることで、その人たちの夢に携わることができたら幸せだなと思います。それを実現することが私の夢です。人の夢と自分の夢がつながっているというのは素晴らしいことだと思います。これからもつながりを大切にして、自分の人生をしっかりと歩んでいきます。

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尾崎 慎太郎 2013アメリカ留学(ルイジアナ大学モンロー校) (2014年10月22日)

 みなさん、アメリカ合衆国ルイジアナ州ってどういうところか知っていますか?アメリカの南部に位置し、比較的温暖な気候で松山市とよく似た環境です。私は2013年8月からルイジアナ大学モンロー校(University of Louisiana at Monroe: 以下 ULM)に1年間の交換留学生として行かせていただいています。こちらに来てちょうど半年が過ぎました。この報告書を書くにあたり、これから海外留学に挑戦してみようとする学生のみなさんに少しでも参考になればと思い、私のこれまでの留学での経験を少しお話させていただけたらと思います。

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図1 ULM図書館の外観と虹

1.留学に行きたいという強い意志
 留学に行くにあたって、もっとも重要なのは「留学に行く」という決断です。これまで留学を経験してきた人はお分かりでしょうが、それぞれ留学に行こうと決心したきっかけがあるはずです。私も留学に行きたいと大学入学当初から思い続けながらも、なかなか思い切れずにいました。私が2回生になって先輩や同回生で留学に挑戦する学生が増え、私の心も揺らぎ始めたころ、私の学生生活担当教員の池野先生に相談したのがきっかけでした。池野先生が伝えてくれた言葉は今でも覚えています。「私は君に留学に関してアドバイスすることはできるが、留学に行くべきかどうか決めることはできない。留学に行きたいのかどうかは自分が一番知っているはず。自分の心に聞いてみなさい。」この言葉をいただいてから、本当に留学に行きたいんだという自分の心に気付くことができ、留学中の今でもこの言葉が自らの心の支えになっています。交換留学生に選ばれてからアメリカに渡航するまで約半年の準備期間がありましたが、協定大学に書類を送ったり、ビザを取得するための資料を集めたりとあっという間の半年間に感じました。しかし、この半年間を経験したことで、アメリカに渡航する前にすでに一回り成長できていたのではないかと感じます。留学準備に際して、さまざまな手助けをしていただいた教育学部の先生方、国際連携課の方々、留学経験のある先輩方、すべての人に感謝したいです。

2.アメリカ人と一緒に大学の授業が受けられる!
 協定大学への交換留学の最大のメリットは、ESLの授業だけでなく、どの学部の授業でも自分が取りたい授業をアメリカ人に交じって受けることができることです。正直言うと、アメリカ人の中に1人交じって英語で授業を受けるというのは、はじめのうちはとても大変でした。それでも、授業のあとに先生に質問をしたり、オフィスアワーに先生を訪ねたりして授業で取り残されないよう必死に授業時間外でも勉強に取り組んできました。先生たちは「日本からの留学生が来た」ということで、いつでも質問を大歓迎してくれますし、授業中に日本の文化や教育システムについて話す機会を与えてくれたりもします。ULMでは、8~12月がFall semester、1~5月がSpring semesterです。特に、現在受講しているSpring semesterの授業では、モンロー市内の学校視察に行くフィールドワークがあって、将来教員を目指す私にとってとても刺激になる学びがたくさんあります。英語でほかの外国語を学んでみようと思って中国語の授業を取っているのですが、言語だけでなく中国の文化もたくさん学べて、何よりクラスメイトみんなが仲良く、とてもいい雰囲気で学習できています。

図2 Chinese New Yearのお祝いのためクラスメイトみんなで赤い服にそろえました!

図2 Chinese New Yearのお祝いのためクラスメイトみんなで赤い服にそろえました!

3.イベントには必ず参加する!
 ULMでは、日々さまざまなイベントが開催されていて、誰でもただで参加できるイベントが多いです。家や図書館で一人で教科書と向かい合って勉強することも大切ですが、私は人とのコミュニケーションを大切にしてきました。いろんなイベントに参加することで、たくさん友達をつくることができ、新しい情報も得ることができます。私はULMでたった一人の日本人学生ということで、英語を話さざるを得ない環境で留学がスタートしました。まだまだ私の英語力も発展途上ではありますが、たくさんの友達とかかわる中で私も少し英語を話すことに自信を持てるようになってきた気がします。それでは、写真付きでいくつかイベントを紹介します。
 まず、夏から秋にかけてはFootballの試合がキャンパス内でたくさんあります。Footballはアメリカでもっとも盛んなスポーツではないかと思うくらい、学生だけでなく地域の人々も熱狂的に応援します。写真は試合前に行われるマーチングバンドによるパフォーマンスです。

図3 ULMのFootball stadium

図3 ULMのFootball stadium

 ULMではいくつかの団体が連休にキャンプを企画することもあります。私も9月に友達と一緒にキャンプに参加してきました。週末のたった3日間ではありましたが、一日中一緒に時間を共にし、より友達との絆も深まりました。カラオケ、スポーツ、川遊び、キャンプファイヤーなどたくさんのアクティビティーを通して、新しい友達にも出会うことができました。

図4 アメリカではキャンプファイヤーで必ずマシュマロを食べます!

図4 アメリカではキャンプファイヤーで必ずマシュマロを食べます!

 アメリカの秋から冬にかけて欠かしてはならない3大イベントは、Halloween, Thanksgiving, Christmasです。10月31に行われるHalloweenについては、みなさんのご想像の通り、本当に各自が自由なコスチュームを着てパーティーにやってきます。写真を見ても分かるようにホラー衣装、アニメキャラクターなどみんなそれぞれ自由な格好をしています。私はホットドッグのコスチュームに挑戦しました。

図5 Halloween Party

図5 Halloween Party

 Thanksgivingとは毎年11月の第4木曜日に行われる感謝祭のことです。大学や学校の授業も休みになり、家族みんながそろってディナーを楽しみます。ターキーやハムはもちろん、たくさんのデザートもあります。私は友達の家族のディナーにお邪魔させてもらいましたが、料理の品数の多さに驚きました。

図6 Thanksgiving dinnerのデザート

図6 Thanksgiving dinnerのデザート

 Christmasがある12月にはキャンパス内だけでなく、市内のいたるところでイルミネーションが見られます。車で郊外のクリスマスイルミネーションツアーにも行き、モンローのダウンタウンのメインストリートの天井のようになっているイルミネーションも見に行くことができました。クリスマス当日は大学も冬休みだったため、友達と会う機会は少なかったですが、お互いクリスマスカードを送りあったり、家族で時間を共に過ごしたりするのがアメリカのクリスマスの習慣のようです。

図7 モンローダウンタウンのクリスマスイルミネーション

図7 モンローダウンタウンのクリスマスイルミネーション

4.日本人としてアメリカでできること
 私はたった一人の日本人としてULMで学んできて、現地の友達からたくさんのことを学んできました。そのぶん、私も彼らに何かしてあげたいなという思いが強くあります。そこで、すしやお好み焼きをつくったり、折り紙や書道をしたりして日本の文化を伝えようとしてきました。Japanese Movie Nightということで、私のふるさと松山市の紹介とともに「千と千尋の神隠し」をみんなで観たこともあります。そして、私が力を入れているのはJapanese Lessonという日本語を教える授業です。ULMの公式の授業ではありませんが、ボランティアで日本語を学びたい学生に週に1回授業形式で日本語を教えています。ULMには日本語のクラスがないので、日本語に興味を持っていた学生たちが集まってくれて、それをきっかけに友達をたくさんつくることができました。

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5.これからの目標
 モンローでの留学生活も残り数か月となり、今から大きな目標を掲げることはありません。これまでの半年間、運が良すぎるくらい素晴らしい先生方や友達に出会い、これ以上ないアメリカでの留学生活を送ってきました。これまでは受け身で楽しませてもらった部分が多いので、これからは自分から楽しみを提供できるようにしたいです。現在新しい韓国人の留学生が来ているので積極的にサポートしていますし、これから来る愛媛大学のショートプログラムの学生も全力でサポートしたいと思います。私はたった一人の日本人学生なので、私の行動次第で日本の印象までもが変わってしまうといつも思っています。”I am the only Japanese in ULM.” これはプレッシャーにもなりますが、いい方向にはたらくことが多いです。日の丸を背負ってULMで勉強させてもらえていることを本当にありがたく思います。
 そして、私がモンローに着いてからずっと大切にしてきた言葉がTOMODACHIです。この日本語を多くのTOMODACHIに教えてきました。ここで仲良くなったTOMODACHIは、Future Friendsすなわち一生の親友になれるくらい、たくさん助けてもらいました。アメリカ人はもちろん、さまざまな国からきている留学生ともTOMODACHIになりました。今までは助けてもらってばかりなので、日本の文化を伝えたり一緒に日本料理を作ったりするなどTOMODACHIに恩返しをしていきたいと思っています。ここでの彼らとの出会いに感謝し、残りのモンローでの生活、そして私が日本に帰ってからもずっとつながっていられるようなTOMODACHIでいたいです。

図10 TOMODACHI

図10 TOMODACHI

6.まとめ
 上の写真を見ても分かるように私は本当に恵まれた環境で留学生活を送らせてもらえているなと感じます。日本の友達から「大変なことはないん?」と連絡が来ても、いつも「楽しすぎて大変なことはないよ。」と答えます。苦労や辛いこともあるのかもしれませんが、それらを忘れるくらい日々が充実していて、現地の人々のあたたかさに感謝するばかりです。モンローで過ごす1年間は間違いなく私の人生の中で1番思い出に残る1年になるでしょう。留学にいたるまでにたくさんのサポートをしていただいた愛媛大学の先生方、留学に行くことを応援していただいた先輩方や友達のみんな、留学に行くことを快く受けとめ誰よりも私の力になってくれた家族、そしていま、私の生活の支えになってくれているモンローのTOMODACHIのみんなに心から「ありがとう」の言葉をおくりたいです。

藤田 悠里 2012アメリカ留学(ルイジアナ大学モンロー校) (2013年02月28日)

<大学紹介>

 私は2012年8月末から、アメリカ合衆国、ルイジアナ州、ルイジアナ大学モンロー校(University of Louisiana at Monroe:以下、ルイジアナ大学またはULM)で交換留学生として勉強しています。まず、アメリカ・ルイジアナ州の特徴としては、テキサス州を左にミシシッピ州を右に位置しています。気候は比較的一年を通して暖かい気候が続く地域です。ハリケーンや大雨などに多々見舞われることがありますが、夏の間は晴天が続きます。最も栄えている市(街)は、ニューオーリンズといい、ジャズ音楽の発祥地と言われています。私は、ルイジアナ大学で、日本の愛媛大学での専門と変わらず、教育人間発達学部・中等教育を専攻しています。ルイジアナ大学はルイジアナ州北部のモンロー市にある州立大学です。教育人間発達学部、経済経営学部、芸術科学学部、健康科学学部、薬学部の5つの学部を有する大学です。モンロー校は、以前から東南アジアとの交流を深めたいと考えており、また、愛媛大学では、欧米の連携校を求めていました。2校の目的が一致し、5つの学部のうち教育人間発達学部と協定を結ぶことになりました。今回、交換留学の協定が結ばれたということで、以前から留学に興味があったため、この機会しかないと思い、選考に応募しました。日本の大学システムとは大きく異なり、アメリカ・ルイジアナ大学では、8月末から新学期が始まり12月中旬には前学期が終わります。後学期は1月中旬に始まり5月中旬まで続きます。その後、7月中旬までは、夏の集中講義が数回に分けられて開講されています。
 ルイジアナ大学モンロー校は、比較的アメリカの州立大学の中ではあまり大きいキャンパスを所有していません。それでも、日本の大学と比べて球技場や水泳場、アクティビティセンターなど、大学内の施設にはとても広く敷地を使用しています。キャンパスの広さ自体に慣れることに少し時間を費やしました。キャンパス内が広いため休憩時間も各時間20分以上あります。
 学内の施設についてですが、学校図書館は8階建てとなっており、1階手前には図書の検索やインターネット使用のためにコンピューターが50台以上設置されています。ルイジアナ大学生であれば、印刷やコピーは一人各月に150枚まで無料で使用できます。一階奥側にはWriting Spaceといい、授業の課題である小論文や評論文を学生が書くときに、アシスタントが一緒にアイディアや英文法を考えてくれるスペースになっています。私も、英文法の授業を前学期に受けていたときに、何度も足を運んで文法を訂正してもらい、もっと読者の関心を引く言葉や内容の流れを一緒に考えてもらいしました。2階から6階にかけては、図書はもちろんコンピューターや、個人学習机、共同学習ルーム、グループ学習机などが設置されています。7階・8階はルイジアナ大学学長、副学長他、会議室用に建てられています。
 学内には、他にもスターバックスやコンビニエンスストア、教材に使われている教科書や文具などが置かれている書店、学生食堂、7種類の飲食店が集まった売店、銀行、学生が自由に使用できるアクティビティセンター、テニスコート、スイミング場、球技場などさまざまな施設があります。学生寮は学内に設置されており、とても便利で勉学に励みやすい環境となっています。ここで感じる日本の大学との違いは、学内全体が学生中心に出来ているということです。図書館の開館時間は、平日月曜日から木曜日の間、朝7時から夜中の2時夜遅くまでです。また、学食や売店も朝の8時から夜の8時まで開いています。大学側は、学習をする場を出来るだけ提供しようと試みていますし、学習をする場所は学生だけでなく、教授や職員の方々も使用できるようになっています。学内で過ごしていると、勉学も運動も好きなときに好きなだけできる環境です。
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<モンローでの生活>

 前学期は、私はアメリカ人の学生夫婦とハウスシェアをしていました。ハウスシェアとは、一つの家を部屋に分かれてキッチン、リビング、バスルームを共用することです。私にとって初めてのハウスシェアだったため、全く知らない人と家を共有することは、少し不安な気持ちと新しい生活が始まる期待でいっぱいでした。彼らの年齢は一つ上で、年が近かったためかすんなりと打ち解けることができ、毎日の暮らしがとても楽しかったです。彼らと生活をする上で感じた習慣の違いは、世間一般的に知られているお風呂に入るタイミング、どんな時に靴を脱ぐか、その他に気候の感じ方、隣人とのつき合い方など様々です。彼らに尋ねたところ、お風呂を入るタイミングは人によって違うこともありますが、ほとんどの人が朝に入るそうです。また、バスタブもとても浅く作られており、ほぼお湯につかる習慣はないと聞きました。家に入るときに、靴を脱ぐ習慣が日本であることを伝えると、「どうして?家の床は汚いよ?」と言われました。私は、できるだけ誤解がないように日本の習慣を説明しました。日本で靴を脱ぐ習慣があるのは、昔日本の気候が温暖気候にあり、また農林が盛んだったため、足や靴が汚れていることが多く、家の中を綺麗に保ち清潔な環境で生活をするためです。彼らにとっては、靴を脱ぐということは生活をしている上で滅多にないことなので、あまり慣れておらず、少し変な感覚になるそうです。気候の感じ方に関しては、南部に属しているルイジアナ州だからこそか、少し肌寒いと感じる時であっても半袖半ズボンで過ごしている人が多く、夏の間、外は猛暑で室内は冷房が度を過ぎるほど効いていて極寒でした。彼らは、モンローの気候の変化が激しく著しいため、少しの変化では動じないと言っています。隣人とのつき合い方ですが、私が住んでいた家は、隣の家とドア一つで繋がっており、冷暖房機を共有している状況です。そのため、隣人の方とも家族のように接し、週末にはご飯に出かけるのが習慣になっています。日本では、治安が悪くなり始め、隣人間での問題などが多発したため、あまり隣人とコミュニティを作らなくなっているのに対し、モンローでは近所付き合いを大切にし、例えば、隣人のお子さんが結婚すると一緒にお祝いをしたり、お互いに問題が発生すると助け合ったりという関係を築き上げています。
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 大学での生活は、愛媛大学に通っているように現地の学生が受けている通常講義を受けることが出来ています。また、英語のレベル別試験を受け、留学生用に開かれている英語の授業を毎日受けています。前学期の一日のスケジュールは以下のようでした。

◎月曜日
9:00−9:50 ESLG1003
11:00−11:50  ESLG1006
1:00−2:15 Tap Dance(タップダンス)
*ESL(English as a Second Language )

◎火曜日
8:00−9:15 Psychology(基礎心理学)
9:30−10:45 ESLG1003
2:00−2:50 University Seminar(新入生用講座)
5:00−7:45 Technology for Education(教育用テクノロジー技術)

◎水曜日
9:00−9:50 ESLG1003
11:00−11:50 ESLG1006
1:00−2:15 Tap Dance

◎木曜日
8:00−9:15 Psychology
9:30−10:45 ESLG1003
2:00−2:50 University Seminar

◎金曜日
9:00−9:50 ESLG1003
11:00−11:50 ESLG1006

 授業の後は、ほとんどの授業でたくさんの課題が出されるため、すぐに図書館に行き勉強をしたり、私はキャンパス内で教授のアシスタントとして仕事をさせてもらえる機会をいただいたので、授業が終わると研究室に行ったりする日々を過ごしていました。また、少し時間に余裕がある時は、よくアクティビティセンターに通い運動を友人としていました。昼食を家で一緒に作ったり、晩ご飯を食べに行ったりしました。留学生の友人とは、お互いの伝統料理を作ることが多く、様々な食事を楽しむことが出来ました。テーブルマナーも国によって全く違うことを学びました。例えば、韓国ではお茶碗やお皿を口元に近づけて食べることはとても行儀の悪いことであるとか、ネパールでは料理を食べる時は机には置かず、床に置いてそれを囲いながら食べるのが当たり前であること、あるヨーロッパの国では出された料理に自分で調味料を入れることは、料理を作ってくれた人に対して無礼な行為であることなど、国によって味に関する考え方も違いましたし、日本人には考えられない料理法などがありとても興味深いものでした。現在の授業スケジュールは、前期よりも授業数は少ないのですが、授業の内容がより難しくなったため、毎日授業の後に図書館に通っています。

<学んだこと、学んでいること>

 現在は、前期に仲良くなった友人と新しくルームシェアを始め、今期も新しい生活を始めたばかりです。私のルームメイトは二人で、二人とも台湾出身です。彼女たちは中国語と台湾語の両方を使っています。違う国で育った人たち同士が、同じ家で生活をともにすることは楽しいのはもちろん、生活の違いを理解することはとても簡単ではありません。私は彼女たちと生活をしていて、自分が中国語を話せたらよかったと何度も思っています。私たちは、英語で会話をしてコミュニケーションを取っているのですが、時に彼女たちが中国語だけで話し、楽しそうに笑っていたりお互いの気持ちを確認しあったりしているのを見ると、中国語を話したい気持ちに駆り立てられます。私は、今まで友人と会話をしているときに、相手の英語がわからずしっかりと話の筋を理解してあげられなかったり、相手に上手く自分の気持ちや考えを伝えられなかったりした経験があります。しかし、私はこの困難や彼ら彼女たちとの関わりを通して、お互いを理解するには、言語の知識やコミュニケーション力も必要ですが、何よりも相手の気持ちを理解したいという思い・自分の気持ちを伝えたいという思いが大切だと気づきました。言語に関わらず、相手を信用したり理解したりするために、自分から心を開いていかないとだめだということにも気づかされました。
また、ULMでは留学生のために行事を行ったり、学生のグループが留学生を招いてスポーツをしたり、留学生にたいする配慮がとても整っていると感じています。また、現地の学生たちは留学生に興味関心をもっていて、英語が上手く喋られない私たちであっても、積極的に話しかけてくれます。私が、何かを説明したい時は、しっかりと目を見て話を聞いてくれるため、私もしっかりと伝えようと思えます。彼らと関わったことで、私も日本に戻ったら留学生や地域の外国から来られた方々のために少しでも自分の出来ることをしたいと考え始めました。また、自分の生まれ育った母国ではない場所で生活をすることが、どれだけ不安でわからないことばかりかがモンローでの経験を通してわかることが出来ました。

<これからの目標>

 今まで、モンローで生活をしてきて英語力に関しては、耳や頭の中で英文を考えるスピードはだんだんと慣れてきたように思います。しかし、現在受けている授業のなかでは、難しい専門的な単語や表現がたくさん出てくるため、自分の出せる範囲での簡単な英語でしかコミュニケーションがとれていません。そのため、現地の学生と学校教育に関して話し合う際に、頭の中には考えがたくさんあるのですが、言葉にできず話し合いに協力できない時があります。それを防ぐために、英語にたいする勉強をさらに強化し、現地の学生との交流をさらに増やして、リスニング・スピーキングの力をさらにつけて行きたいと思います。今期は、教育現場に足を運ぶ機会があるため、教育現場におけるアメリカ教育と日本教育の比較をして、分析していきたいと思います。そして今回、この貴重な機会を提供して下さった愛媛大学や、この協定に最も時間を費やし、私たちを今でもサポートして下さっている教育学部心理学専攻の富田先生を始めとする教授、助教授方に感謝するとともに、この機会を無駄にせず少しでも自分の力にし、また、愛媛大学教育学部とULMの交流の架け橋になれるよう努めたいと思います。

加藤 奈美 2012アメリカ留学(ルイジアナ大学モンロー校) (2013年02月28日)

 2012年8月10日、私にとって人生で初めての留学が始まりました。私は今まで留学経験がなかったのでアメリカの大学生活や、日常生活、英語漬けの日々など全てにおいて何もかもが驚きの連続でした。アメリカに留学に来て早5ヶ月、言語だけでなく私の人生において大切な様々なことを学んでいます。またルイジアナ大学モンロー校(The University of Louisiana at Monroe, 以下ULM)との交換留学のプログラムは私ともう一人が初めての特別なプログラムということもあり、何もかもが手探りの状態でした。今回は中間報告ということで、留学に来た当初から今までのさまざまな経験を述べたいと思います。
1:ルイジアナ州モンローとULMの紹介

 アメリカ合衆国南部に位置するルイジアナ州は、西はテキサス州、北はアーカンソー州です。ルイジアナ州の最大都市ニューオーリンズはフランスに占領されていたこともあり、フレンチな街並みがいまだに残るジャズの有名な街です。ルイジアナ州の中でも私の住む都市、モンローはルイジアナ州の大体中央付近に位置しており人口は約5万人と、人口50万人を越す松山市と比べると約10分の1の人口です。私のモンローのイメージは緑あふれる自然の豊かな町です。図1は私の家からULMまでの通学途中の写真なのですが、写真を見て分かるように、緑溢れる真っ青な空がモンローの特徴です。
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 アメリカ南部ということもありアフリカンアメリカンの人が多く、私が初めてここへ来た時は特に筋肉質の大柄な男の人に少し怖いイメージを持っていましたが一旦話し始めるとほとんどの人が優しく、お喋りが大好きで人懐っこい人が多かったのが非常に印象的でした。
気候に関して、モンローはアメリカ南部に位置しているので6月から8月下旬にかけて非常に暑い夏が続きます。時には40度を超えることもあるので冷暖房が必須です。また、ルイジアナ州でもモンローは内陸なので、1日の寒暖の差が非常に大きいことがあります。非常に暑い日が続いたにも関わらず次の日は急激に温度が下がって寒い日が続くという経験もしました。冬は松山に比べると比較的暖かく、年によって違うそうなのですが、今年は12月にも関わらず日中は薄手の長袖1枚で過ごせる10月並の陽気のことが多いです。
 私の通うULMは医学部を含め広い分野を学ぶことができる大学です。ULMの大きな特徴は、大学の中心に位置する大きな図書館です。(下図:図2)
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 この図書館は、7階建てとなっており、1階は大学の主な運営をするためのスタッフが働いており、また生徒が自由にパソコンを使える階になっています。残りの階は様々な種類の本が貯蔵され、自習のできる机がたくさん並んでいたり、グループで会議のために使うような個室の部屋が多く設けられています。またこの図書館は午前7時から翌朝午前2時まで開館しており、1階の印刷機では月に150枚無料で印刷できるなど、非常に利用しやすい施設となっているので私を含めULMのほとんどの学生がほぼ毎日この図書館を利用しています。図3はULM図書館1階のパソコンスペースの風景です。中央奥のスペースでは多くのスタッフがULMの運営の管理をする部屋になっています。
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 大学の中央には大きく穏やかな川のバイユー川が流れており、天気の良い日には多くの学生がカヌーを楽しんでいます。(流れが非常に緩やかなので、川というよりかは池と川の中間とULMの先生は説明されていました。)
 下の写真(図4)はULMのシンボルである図書館(左)とそれに沿う川のバイユーです。波がめったにたたない川で有名です。
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 ULMではイベントが多く開催されます。ハロウィンには仮装大会、クリスマスには図書館と図書館前のツリーの豪華なイルミネーションなどの大きなイベントから、演劇やコンサートなどの小さなイベントまでほぼ毎週様々な行事が行われます。また、どの大学でもそうだと思うのですがフットボールの試合が非常に盛んです。大きなフットボールの試合となると、観客全員が同じ色のTシャツを用意し観客席を綺麗に同じ色に染めます。また試合前にはテールゲートと呼ばれる場所でフリーフードが食べられる会場が設けられています。チアリーディングのダンスを始め、マーチングバンドの演奏などフットボールの試合は盛大に開催されます。この写真は年に多々開催されるうちの一番大きな試合の時の試合前の写真です。(この時の試合は全米のテレビで放送された試合だったので、飛行機が旋回するショーがあったり花火が上がったり盛大なお祭りとなっていました。)
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2:アメリカでの学校生活

 前期では、私は下の図(図6)のような教科書を使って授業を受けていました。留学生のための英語のクラスを2教科と、ネイティブの生徒と一緒に受ける授業を2教科受講していました。特にネイティブの生徒と一緒に受ける授業は、先生の話すルイジアナ特有のアクセントが強いのに加えて会話スピードが非常に速く、私自身のリスニング力も非常に低かったため授業内容がほとんど理解できませんでした。そんな状況の中で私が最も感じたのは、周囲の人たちの優しさです。教授は時間外に授業の復習を行ってくれ、クラスメイトも授業後に彼らのノートとジェスチャーを交えながら英語の分からない私に粘り強く授業の説明をしてくれました。また、アメリカの大学は日本の大学とは違い、1教科を狭く深く研究する教科が多いので、授業外での自主学習には力を入れて取り組みました。特に毎回授業が始まる前に予習をしておくことは非常に役立ったと思います。
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 アメリカでの学校生活は何もかもが新鮮です。ルームシェアから授業の履修登録など、日本とは全く違う環境の中で手探りの状況から始まりました。基本的に授業は午前中に行われることが多く、午後は学生の自主学習の時間に充てられることが多いです。大学をスタッフと学生が一緒に運営していることもあり、大学が日本に比べて非常に過ごしやすい環境になっていると思います。
3:英語の力

 英語の力をつけるために、100%英語に浸る生活を心掛けました。洋画・ドラマは私のリスニング力の向上に非常に役に立っています。初めの頃は全く理解できなかった英語も少しずつ表現に慣れ、私自身の英語の力が向上したためか、クリアに聞こえるようになりました。また私のルームメイトはアメリカ人ですし、日本人の友達はほとんどいないので家族と電話で話す時以外の会話はすべて英語で生活しています。授業に関して、私の場合は英語(特に会話力)を向上させるために前期では英語を基本とした授業と自主学習の時間と余分に多くとりました。そして1月から始まる後期では私の専門である教育関係の授業や私自身の興味のある授業といったクラスを受講するつもりです。
 私が今まで勉強してきた文法英語を使う人は誰一人いません。特に、ルイジアナはアメリカ南部に位置しているので表現方法や発音が今まで私が聞いてきた英語と大きく異なることもあります。留学して初めの頃はこの南部のルイジアナ特有の方言(イントネーション)に非常に苦労しました。会話をした時に、挨拶さえ分からなかったことは衝撃的でした。しかし、北と南の地域の言葉の違いを学べることや、様々な表現を理解できるようになった今、色々な英語を学べることは非常にいい機会だと思っています。
4:今までの達成度

 8月に渡米して約5カ月経ちますが、日々充実した日々を送っています。自分にできる最大限のことを毎日できていると思います。
 言語に関して、日常会話はもちろん、少し複雑な難しい単語が出てくるような授業でも日々の努力のおかげで理解することができるようになってきました。すこし捻ったジョークや展開の早い映画などは友人からの説明や英語字幕がなければ理解できないこともありますが大方は理解できるようになりました。また会話力に関しても、留学したばかりの頃は辞書にばかり頼っていたけれど、最近では簡単な単語でも上手に表現できるようになりました。
 留学に関して、私は語学だけでなく様々なことを学んでいます。言語もままならず、子供に戻ったかのような0からの環境で、語学の収得だけでなく自分の生活環境の管理・整理、友人との付き合い方、そして自分自身を見直す時間をこの留学は与えてくれました。言葉が分からないのに加えて何もかも新しい環境の中で自分とは何なのかを改めて考えることができたと思います。そして悩んで壁にぶつかったときに、必ず私を支えてくれるかけがえなのない仲間たちに出会うことができました。この5ヶ月間で得たものは私の人生の中でも忘れられない物になると確信しています。
5:反省点

 日常生活に関してこれといって反省点はありませんが、語学力向上に関しては振り返るべき点が多々あります。まず会話をする時にジョークを言われた時に反応が遅くなってしまうことです。また、ルイジアナ州出身のルイジアナ州で育った人の中でも方言の強い人と話すときは、聞き取れないことがあること、ネイティブの人たち同士のディベートは単語が難しいうえに話が早いこともあり、聞き取れないことは改善すべきうちの一つです。そして最大の反省点は語彙力の低さです。もう少し多く語彙を覚えていたら、どれほど簡単に授業をうけられるのだろうとか日々思います。残りの5カ月ではこれを改善することを目標に頑張りたいと思います。
6:今後の目標

1.語彙力・会話力の更なる向上を中心とした語学の勉強に努める
2.ULMでの専門分野の勉強に力を入れる
3.素敵な人々との出会いを大切にし、アメリカでしか体験できない文化学校生活を謳歌する
7:まとめ

 今までは愛媛大学で外国からの日本語学習者の留学生を受け入れ、交流する立場でしたが今回初めて私自身が留学生になって、改めて留学生の気持ちが分かりました。私の場合、留学先のアメリカは多民族国家ではありますがルイジアナ州にはやはりアジア人が少なく、差別的な目でみられることもあります。また、多文化を扱うドラマなどでは日本の典型的なステレオタイプを笑いにとって、ジョークとして扱われることも少なくありません。そのような視線をどう捉えるかは自分次第なのだと思います。
 また私は、アメリカ人との交流だけでなく世界各国から渡米している様々な国の人たちと英語を通して触れ合えることに感動しました。お互いに母国語以外の言葉で英語を駆使して心と心が通じた時に感じる嬉しさや心のあたたかさには計り知れない感動があります。そして、困っている私を助けてくれる現地の人々の優しさに触れることの嬉しさを身に染みて感じることができました。言葉が全く分からなかった私を最初から温かく迎え入れてくれた人たちと心を通わせることができたのは、諦めずに伝えようとしてくれる彼らの熱心な姿勢と彼らの底なしの優しさのおかげでした。
 実際に留学などしなくても語学を学ぶ方法は数え切れないほどあります。しかし上記のような現地の人たちの温かさや異文化コミュニケーション・異文化交流といった、実際に留学へ行ってみなければ学べないかけがえのない経験が留学には数多くあります。そして何を見つけるかは、人それぞれで違うはずです。留学に来て、自分の価値観や感覚が変わるとよく言いますが、本当であるということにこの5ヶ月間で実感しました。最後になりますが、このような貴重な体験をする機会を頂けたことに感謝し、先ほど挙げた今後の目標を達成することを目指して残りの5ヶ月を後悔のないように過ごしたいと思います。