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大森 菜央 2012インドネシア留学(ガジャ・マダ大学) (2013年02月26日)

私はインドネシア、ジョグジャカルタにあるガジャ・マダ大学という大学で研究をしている。ガジャ・マダ大学は1949年に設立された、インドネシアで最も歴史の深い大学である。18学部、学生総数55000人という大きな大学である。私はその中で農業技術学部(Fakultas Teknologi Pertanian)という学部に属している。
インドネシア留学の契機は、2011年の夏に参加したKKNというプログラムである。KKNというのは、インドネシアの大学での必修の単位で、都市部から離れた村に一定期間滞在して、それぞれの学部に沿った課題をこなしていくプログラムである。日本人は9人参加し、2週間ガジャ・マダ大学の学生に混ざって村での生活を体験した。その際、インドネシアの農家と日本の農家の違いを肌で感じ、ここで研究をしてみたいと思った。また、その2週間でインドネシアが大好きになり、また戻って来たいと心から思い、インドネシア留学を真剣に考えるようになった。日本に帰って愛媛大学にいるインドネシア人に積極的に話しかけて少しずつインドネシア語も覚え、周りの方々の助けに支えられ、晴れてインドネシアへの留学が実現した。
インドネシアへ来て大学に通いながらまず感じた感想は、インドネシアの大学生は日本の大学生と比べてレベルがとても高いということだ。見た目は、勉強ばかりしているという風ではなく、それぞれしたいことをして、友達と遊んでばかりのようにも見えるが、話してみると、とても聡明であることが分かる。日本の学生はアルバイトをするならアルバイトにだけ集中するし、遊んでばかりだとその分勉強が疎かになるものだが、インドネシア人はやるときはやり、切り替えがはっきりしているのだと感じた。また、インドネシアの学生は言語力に長けていると思う。インドネシア人のほとんどの学生は英語が話せる。また、インドネシアでは、公用語はインドネシア語だが、それぞれの地域で地域ごとの言語を持っている。たとえばジョグジャカルタではジャワ語が使用されている。インドネシアの子どもたちは家族の中でその地域の言葉を用いながら、また学校でインドネシア語も同時に覚えながら育つ。インドネシア人同士の会話を聞いていると、一人の友達とはジャワ語で話すが、もう一人の友達と話すときはいきなりインドネシア語を使ったりする。だから、インドネシア人は自分の地域の言葉、インドネシア語、英語を話せるということになる。また、イスラム教の人たちはコーランを読むため、アラビア語も理解できる。インドネシアに来て、これを知ってからは本当に驚き、感心した。ちなみに私はインドネシア語を勉強しながら友達との会話の中でジャワ語も少しずつ覚えるべく努力している。
学校生活に関し、私は初めの4カ月間はINCULSという学科にてインドネシア語を勉強した。INCULSには予想していたよりも日本人がたくさんおり、また日本人以外の外国人も多数通っていた。通っている学生のうち大多数は日本人とオーストラリア人であり、続いてアメリカ人、韓国人、中国人、ヨーロッパ人という感じだった。INCULSは初級、中級、上級と3つのクラスに分かれていて、はじめにテストを受けてその結果で振り分けられる。ちなみに私は中級で勉強をした。INCULSで様々な国の人に混ざって勉強して感じたことは、日本人は授業中の発言が少なく、中国人、オーストラリア人、アメリカ人は積極的に質問をしたり、先生の質問に答えたりしていた。日本にいては感じ取れないことだと思うが、発言するのに戸惑っている自分に少し恥ずかしくなるほど、日本人はしゃべらなかった。文化の違いだと片づけてしまえばそこまでだが、やはりこれからの世界で生きていくためにこれではだめだな、と一人考えてしまった。
インドネシアでの生活だが、はじめはやはり慣れないことだらけで難しく感じることがたくさんあった。食べ物は辛いものがほとんどで、その辛さのレベルは日本とは比べ物にならない。インドネシア人は揚げものを食べながら唐辛子をかじるという日本では考えられないことをする。通常の野菜スープであっても、唐辛子が大量に入ったものであることが多い。私はもともと辛いものが苦手だったので、はじめは本当につらかった。しかし最近では、辛くしないでくれと頼むことを覚えたし、辛くない食べ物がどれかが分かってきたので、食べられるものが増えてきた。左上の写真は、チャプチャイという食べ物で、もし唐辛子を使わないでくれと頼まなければ、もちろん辛いものが出てくる。このときはまだ全く辛いものが食べられない時だったが、今は徐々に練習しているので、半年後に帰る頃には私も唐辛子をかじっているかもしれない。

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食べ物以外でインドネシアでの生活で困難に感じたことは、トイレとお風呂である。インドネシアのトイレにはトイレットペーパーは付いていない。代わりに小さいシャワーまたはバケツに水が溜めてあるので、それを使って洗わなければならない。はじめはとても難しく、服がぬれてしまったり、うまく洗えなかったりで、トイレットペーパーを持ち歩こうか考えた時もあった。しかし試行錯誤を繰り返すうちに自分なりのやり方を見つけて、もうどの場所のどれだけ汚いトイレも使えると自負している。もちろんトイレットペーパーを持ち歩いている日本人はたくさんいる。またお風呂については、水風呂がほとんどで、お湯の出るコス(日本でいうアパート、寮みたいなもの)を探そうとすると、やはり値段が高くなる。私はもともと50万ルピア(約5000円)しか出すつもりはなかったので、もちろん水風呂である。ちなみに右の写真が私のコスのトイレとお風呂である。乾季のころは良かったのだが、現在インドネシアでは雨季で、朝と夜に入浴しようと思うととても寒い。これも慣れであろうと、現在修行中である。
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さて、本題の研究についてだが、私は今「インドネシアのタバコの生産と流通」というテーマで研究をしている。まだテーマは漠然としていているのだが、少しずつ調査に行ったり本を読んだりしながら、確定していこうと考えている。このテーマにした理由は、2011年に参加したKKNの際滞在した農家でタバコを生産しており、その村にもう一度行ってそこで研究をしてみたいと思ったことが1点。2点目は、インドネシアでのタバコの普及率に興味を持ったことである。インドネシアの成人男性の喫煙率は、2012年には67%にのぼり、世界一の喫煙率を記録した。その中でタバコ農家はどのような位置づけなのか、流通経路はどのようになっているのかを追跡したら、面白い研究になるのではないかと思い、このテーマに決めた。また、インドネシアではタバコ産業が国の主産業をなしており、もしこのタバコ産業のシステムが壊れた場合、国内経済にどのような影響があるのか、タバコ農家、タバコの流通に関わる業界はどうなるのかという点に大変関心を持っている。というのも、現在では世界的に禁煙ブームが広がっている。日本でもタバコ税が上がってきている。今すぐというわけではないが、将来的に必ずその流れがインドネシアにも来るはずだ。その時インドネシアのタバコ産業にどのような問題が出てくるのか、またその対応策を考えるためにも、この研究はこれから重要なものになるのではないかと私は考えている。
先日、Temanggungという山の、タバコ農家があるという村に2日間滞在して調査を行った。こちらの教授によると、このTemanggungで生産されるタバコは他の土地よりも質が良いらしい。私の学部の友達の知り合いが、この地域でタバコを生産していると聞いたので、その友達と、通訳者と一緒に行ってきた。KKNに参加した時から感じていたが、インドネシアの農家は活気に満ちている。日本の農家は、若者が街に出ていき、村には高齢者ばかりが生活している。ところがインドネシアでは若者がそのまま農家を継ぐため、さまざまな年齢層が生活している。村ではたくさんの子どもたちが走り回っている。日本のように後継ぎ問題は、インドネシアでは今の段階では考えられない。

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農家の人に話を聞いていくうちに、日本とは違う点がいくつか見えてきた。まず、農地の使い方が違う。日本では、畑と田では使い方が違い、農家の人たちはそれぞれを使い分けている。水田で米を生産し、畑で野菜などを育てる。しかしインドネシアでは1つの農地を畑としても田としても使っている。1年のうちに、1つの農地をすべて使って米、野菜、タバコをローテーションで生産する。これは日本との気候の違いもあるのだろうが、水の使い方にも違いがあるのではないかと思った。
農地所有に関しては2パターンあることが分かった。農地を所有している人は、1.自分は生産には関わらず、他の人に作業を委託する。そして収穫量の半分は自分がもらう。2.自分も生産に関わるが、他の人を給料で雇って一緒に働く。収穫はすべて自分がもらう。というものだ。土地所有者が他の人の手を借りずにその家族だけが生産に携わるという農家は私が調査した中にはいなかった。
私の研究のテーマになっている流通についてだが、これも日本とは全く違う。日本ではタバコの流通は1つの経路しかない。タバコ農家からそのままJT(日本たばこ産業)に出荷されるという経路である。ちなみにJTが農家に種を無償で配布し、その種を使って農家が生産したタバコはJTが必ず買い取らなければならないというしっかりした決まりもある。しかしインドネシアではまずタバコ会社がたくさんある。Gudang Garam、Sampoerna、Djarumが代表的な3つの大きな会社だが、他にもKarya Dibya Mahardika、Bentoel Groupなどがある。 その時点でタバコ農家からそれぞれの会社にのびる経路はたくさんあるのだが、それだけではない。タバコ農家からタバコ会社までの間に、たくさんの仲介業者(仲買人)がいる。今回の調査では、農家の実態と、その仲買人のことについて少し話を聞くことができた。
まず、その仲買人というのは2種類いて、農業生産に関わりながら、タバコの売買にも関与する人、仲買人としてだけ働いている人だ。この人たちは農家からタバコを買い、それを直接工場に持っていったり、また次の仲買人に売ったりする。工場までの間にたくさんの仲買人を介する。もちろん、一人の仲買人ごとにタバコの値段はどんどんあがっていく。たとえば農家Aが仲買人Aにタバコを1キロ400円で売るとすると、仲買人Aは仲買人Bに1キロ450円で売る。またその仲買人Bは仲買人Cにそのタバコを1キロ500円で売る。この話を聞いてふと思ったことは、どうして農家Aははじめから仲買人Cに1キロ500円で売らないのか、ということだ。どうしてわざわざ安く仲買人Aに売ってしまうのか。この質問を仲買人の人に聞いてみたところ、このタバコの売買は、これまでの付き合い、経験、信頼で成り立っていて、信頼がないところにタバコを売ろうとしても、ほとんど値がつかないらしい。だから、農家Aがこれまでの付き合いがなく、信頼もない仲買人Cに売ろうとしても、仲買人Aに売るよりも値が落ちるかもしれないということだ。だから工場に行きつくまでにたくさんの人を介す長い経路が出来上がっているのだろう。この信頼については、出荷量、価格について具体的な数字を訪ねた時にも感じることができた。農家の人たちは、自分が出荷したタバコの量をはっきり覚えていない。計っていないのだ。生産したタバコすべてをそのまま仲買人に見てもらい、これはこのくらいの質がこれくらいあるので、値段はこれだよ、という風な取引らしい。確かに、これはその仲買人との関係が信頼できる関係でなかったらできないことだろう。また、質によっての値段も農家はあまり把握していない。たまに、悪い質のタバコを隠すためにいろいろな質を混ぜて仲買人に売る農家もいるらしい。これは調査をする段階で少し不都合である。1つの農家がどの質のタバコをどのくらいの値段で出荷し、どのくらいの収入があるのか、というのがうまく把握できないのだ。この点については、今後調査方法を考え、できるだけ把握していく必要がある。
また、Gudang Garamというタバコの会社は、メンバーカードを持っていないと、タバコを保管する倉庫に入れないことが判明した。つまり、カードを持っていない農家あるいは仲買人たちは必然的にカードを持っている仲買人のところへタバコを持っていかなければならないということだ。ちなみにそのカードは現在発行中止になっているので、もうこれから新たに作ることはできない。今カードを持っていない人は誰か他の人に持って行ってもらい続けるしかない。
また私は、タバコの流通の中で、それぞれの段階の収入の差について注目している。今回の調査で、農家の収入について詳しく聞いてみたところ、驚いたことに、タバコの生産による収入はどの農家でもそれほど大きくないことが分かった。先ほども述べたように、確実な収入は把握することはできなかったが、全体的な収入のバランスを見るとそれが明らかであった。タバコ生産以外に米、唐辛子などの野菜を出荷している農家が多いが、それによる収入や、農業以外にWarungという小さな食堂のようなものを開いている農家もいて、そのWarungによる収入の方が圧倒的にタバコによる収入よりも大きい。というのも、タバコの収入というのは毎年安定していないらしい。最後にタバコが工場に入るときの価格は毎年工場が決めていて、農家にはその価格変動の原因はわからないという。だからおそらくタバコの価格が高いときにはタバコによる収入が他の収入よりも大きくなるのだろうが、今年は昨年よりも価格が大幅に落ちていたために、他の収入が大半を占めることとなった。
今回は話を聞くことができたタバコ農家も少なかったし、仲買人に対してもほとんど話を聞けず、収入の差や、他の詳細についてはまだ詳しくは分からない。また、収穫量、出荷量、タバコの質の問題など、詳しく調べなければいけないことがたくさんある。今回の調査はインドネシアのタバコ農家の現状を知るための事前調査でもあったため、調査票でも課題を追求するための質問が欠けていた部分がある。予想外のこともたくさん出てきたため、質問の形式も修正し、必要なものを足しながら、これからより核心に迫っていこうと思う。2月にまたTemanggungに行く予定があり、その時は2、3週間滞在する予定なので、また新しい情報を得たいと考えている。また、Temanggung以外に2011年に行ったメラピ山のタバコ農家でも調査をしたいと考えている。というのも、先にも述べたようにTemanggungのタバコの質は他の地域のタバコのそれよりも良いので、その他の地域のタバコとの値段の比較がしてみたいというのもある。さまざまな農家で話を聞くことで、タバコ農家の全体像が見えてくると思う。そして流通経路も図にできるまで把握していきたい。この研究をすることによって、先にも述べたようにインドネシアのタバコ産業の問題点、改善点や、また日本のタバコ産業、世界のタバコ産業にも関わる問題が見えてくると思う。まだまだ漠然とした点や、不確実な点があるが、ゆっくり確実に研究を進めていこうと考えている。
また、せっかくインドネシアに来ているので、インドネシアの文化にも積極的に触れて行きたい。さまざまな文化、価値観を知り、広い考えを持った人間に成長して帰りたい。残り半年、インドネシア語も上達するように努力し、自分でできる限りのことをしていきたいと思っているが、まだたくさんの人の助けが必要になってくると思う。私を支えてくださっている周りの方々への感謝の念を忘れず、人とのつながりを大切にしながら、充実した留学生活を送って行きたい。

立岩 依里子 インドネシア短期交換留学 (2008年08月18日)

インドネシア体験記

立岩 依里子

私は,2月24日から3月24日の30日間,インドネシアのマカッサルという町に一ヶ月間滞在しました。以前から海外や日本語教育にとても興味があり,今回のプロジェクトを紹介されたときには「絶対行きたい」と思い,行くことを決めました。しかし,両親の反対など,行く前からいろいろ問題もありましたが,現地の先生と連絡をとるなどして現地の情報を収集し,いろんな問題を解決して無事に出発の日を迎えることができました。
日本からマカッサルまでは,丸1日かかりました。途中バリで1泊したので,少しではありますが,バリの観光も楽しめました。

次の日マカッサルの空港につき,早速ハサヌディン大学に行きました。ハサヌディン大学は広大な敷地の中に,いくつかの学部があるとても大きな大学でした。先生方に挨拶をして,ホームステイ先に送っていただきました。私が前もって知っていたホームステイ先の情報は,両親は日本語が少しできること,1階で歯医者さんをされていて上の階が自宅であること,街の中にあること,小さい子供がいることぐらいでした。なので,私はインドネシア語を全く勉強していなかったし,英語が得意ではないこともあって,コミュニケーションがとれるかどうかとても不安でした。しかし,家につくととても立派なクリニックで,私の部屋としてとても広い部屋を用意してくれていました。心配していたコミュニケーションも,お父さん・お母さんとは日本語で十分会話ができました。子供たちとは,英語や簡単なインドネシア語でコミュニケーションをとりました。私も,少しずつではありますがインドネシア語を勉強しました。
ハサヌディン大学へは平日は毎日通いました。主な活動は,最初は日本語の授業の見学に始まり,徐々に授業での机間指導の補助も行わせていただきました。また,学生が日本の様々な文化のことを調べている授業では,インタビューを受けました。

まだ日本語学科は新しくできたばかりで,学生たちは今まであまり日本人と話したことがないので,日本語で会話をすることに自信がないようでした。しかし,私にインタビューをする時は,大学の先生方がいる部屋の隣の部屋で私と学生だけになって話し,一生懸命私に日本語で伝えようとする姿はとても印象に残っています。そんな学生たちと話す時間はとても楽しかったです。大学の先生方とは,ペテペテという乗り合いバスに乗って一緒に帰ったり,休日にはビーチや山に連れていっていただいたりと本当に楽しい毎日を送ることができました。
また,私がインドネシアに滞在中に,マナドという町で,日本語のセミナーがあったので先生に同行させていただきました。マナドは,マカッサルとは違いキリスト教徒が多い町なので,また違った雰囲気のインドネシアを楽しむことができました。マナドの学生と交流をしたり,綺麗な海を観光することもできました。

また,大学の活動以外でもたくさんの体験ができました。
まず一つ目に,「かおり文化園」という日本語の塾を紹介してもらいました。日本に興味があったり,日本に行く予定のある人が,日本語を学んでいるところです。数回見学に行き,授業に参加しました。そこの校長先生や講師・学生の方々とも友達になることができ,幅広い交流をすることができました。
二つ目に,マカッサルの人たちの生活を体験できたことです。スーパーへ行って食料品を買ったり,ショッピングモールに行って服や鞄を買ったり,映画を見たり,レストランに行ったり,コーヒーショップでコーヒーを飲みながらおしゃべりしたりとホームステイならではの生活が楽しめました。ほとんど日本と変わらないのですが,私にとっては何もかもが新鮮でした。なにより,物価が安いので買い物はとても楽しかったです。
私は,マカッサルに1ヶ月間滞在して本当によかったと思っています。インドネシアの宗教や文化に触れ,日本では決してできない多くの体験ができ,おいしい物を食べ,いい人たちに恵まれ,そして,ホームステイの家族には何度お礼をいっても言い足りないくらいお世話になりました。絶対にまた行きたいと思います。そして、これからは日本に来ている留学生をサポートすることで恩返しをしたいと思っています。